5.アルフェルド
《シスタリア王国 バルツクローゲン 大書庫》
「マルコシアス・アーヴェンは……先の戦場、ガルムントで勇猛果敢に戦い……戦死しました……」
俺は大書庫で彼女と出会うなり、マルコシアスが戦死したと伝える。
彼女は涙を流し、しばらく微動だにしなかった。やっと動いたと思えば、机に突っ伏して声も出さず涙を流し続ける。その震える彼女の肩を抱く女性。どうやら彼女の師のようだ。
「嘘……嘘よ……」
悲痛な声で嘆く彼女。
もう消えてしまいたい。だが俺は彼女を守る為に来たのだ。マルコシアスの代わりとして。
だがそんな事を彼女が認める筈が無い。
「なんで……嫌……いやぁ……っ!」
「シンシア……!」
声を張り上げながら、突然立ち上がり走り去る彼女。
俺を横を通りすぎ、そのまま大書庫の外へと。
「シンシア! 待ちなさい!」
どうする。ここは俺が追いかけるべきなのだろうか。
いや、今は少しそっとしておいた方がいいだろう……。
「……ごめんなさいね……すぐに連れ戻すから……」
「いえ、錯乱するなと言う方がおかしいでしょう……。彼女とマルコシアスは将来を誓い合っていたのですから……」
彼女の師は疲れ果てたように椅子へ座りなおし、机に肘を付きながら頭を抱える。
「マルコシアスは……本当に……亡くなったの?」
「……はい。彼の亡骸は王都の大聖堂に……」
「……そう……」
頭を抱える魔術師。
黒い長髪で、ローブも黒。まるで御伽噺に出てきそうな風貌だ。
「貴方も……魔人の討伐に参加してたのよね……」
「はい……」
「……損な役回りをさせられてるのね……とりあえず……少し休むといいわ。宿も私の部屋を貸してあげるから……」
「いえ、それには及びません。宿ならこの街の騎士の詰め所にでも……」
「あんな汚い所で休めないわ。貴方からは色々と話を聞きたいし……」
すると席を立ち、俺の目の前へとくる魔術師の女性。
懐から部屋の鍵らしき物を出すと、そのまま俺の手へ握らせてくる。
「いいわね。夜までしっかり休んでおきなさい。貴方への尋問はそれからにするわ」
尋問されるのか、俺は。
というか女性の部屋に泊まるなど、申し訳ないのだが……。
「モモル、彼を私の部屋へ案内しておいて」
「はは、畏まりました」
この大書庫の管理人と言う猫へと指示しながら、黒髪の魔術師は出ていく。
そのまま人間の幼児程の身長の猫(二足歩行している……)は俺と目を合わせてくる。
「では騎士殿。案内しますぞ」
「ぁ、はい……お願いします……」
見るからに魔人か。
思えば魔人と意思疎通を図るのは初めてかもしれない。
王都には全く居ないし、今まで魔人と対面すれば即戦いになっていたし……。
それから俺は猫に案内されるままに、街の中へと。
バルツクローゲンの街は、王都と違って静かだ。人の往来も少なく、どこか寂しい雰囲気が漂っている。
「この街は初めてですかな? 騎士殿」
「いえ、任務で数回訪れた事があります。と言っても立ち寄る程度でしたが……」
ふと街を見渡すと、存在感のある塔が三つ建造されていた。
一つは今俺が居た大書庫。あとの二つは街の北と西に、それぞれこの街を見下ろすように聳え立っている。
「では歩きながら……暇つぶしに、この街の事を少々ご説明しましょう。この街は魔術師が主に住まうという事はご存知ですな」
「えぇ、それは承知しています」
「その他にも、私のような魔人もチラホラ……あとは冒険者や衛兵の騎士……それとならず者も多少は居ますな」
ならず者か。まあ王都にも多少は居る。
それよりも魔人が住まう街となれば、シスタリア王国内で言えばバルツクローゲンのみだろう。
「あの三つの塔の事についてはご存知ですかな?」
「いえ、詳しい事は知りませんが……」
猫の魔人はコホン、と咳払いすると、ここぞと説明を始めた。
「あの三つの塔はそれぞれ名前がありましてな。西がクラリス、北がナハト、そして私が管理させて頂いている大書庫はフィーリスと言います。それぞれシスタリア王国では言わずとしれた英雄達の名前ですな。ちなみに全員魔術師です」
英雄か。ナハトとフィーリスは有名だな。
クラリスというのは……どんな人物だったか。
「一つ一つ歴史を語りたい所ですが、とりあえずこれから向かうクラリスの塔についてお話しましょう」
俺の心を読んだかのようにクラリスについて語りだす猫の魔人。
いや、名前は確かモモルと呼ばれていたな。
「クラリスという魔術師は、フィーリスの弟子にあたる人物です。盲目の魔術師として有名ですが、彼女は歴史上で唯一……魂と同調するという特異な方でした」
「……同調?」
やばい。魔術について俺は知識が乏しすぎる。
魂と同調と言われても、それがどれだけ特殊なのか分からない。
「ふむ。そのご様子だと……魔術についてはサッパリといった感じですな」
この猫の人……いや、モモルさんには俺の心が読めているのだろうか。
「約五百年前に存在した人物ですが……私は直接お話した事もあります。甘い物が大好きな……ちょっと変わったお嬢様でしたな」
「……モモルさんはいくつですか」
五百年前の人物と直接話した事がある……?
いや、そうえいば魔人は長命だったな。というか寿命自体無いと聞いたこともある。
「私は既に二千歳を越えます。もうこの街に住みだして千年程ですかな」
「……そ、そうですか……」
人生の大先輩どころの話ではない。
俺の百倍生きているでは無いか。
「それで魔術についてですが……魔術師はそれぞれ、この世界に存在するありとあらゆる物と同調し、魔術を行使します。草花だったり昆虫だったり……大地だったり……」
「モモルさんも魔術を使えるのですか?」
「あぁ、一応程度には。まあ、それで……そのクラリスという人物は人間、魔人問わず魂と同調する事が出来たのです。それまで魂など、あるかどうかも分からない不確定な存在でしてな。彼女のお陰で、この世界の理がいくらか紐解けたのです」
成程。よくわからんが。
とりあえず凄い人らしい。
「守護霊というのは……勿論ご存知ですな?」
守護霊……か。
俺は持ったことは無いが、要は使い魔のような物だと聞いたことはある。
「あれはクラリスが確立させた物です。未練ある魂を触媒に宿らせ、その望みを叶える代わりに……こちらの要望も少し聞いて貰う……という類の物ですが、最近ではその辺を理解してない魔術師が大半でしてな。まるで使い魔のごとくコキ使う連中が……」
やばい……なんだか叱られている気分だ。
俺も守護霊は使い魔程度の認識だったし……。
そのままモモルさんの愚痴やら説教じみた説明を聞きつつ、クラリスの塔の前へと。
夜通し馬に乗ってきたせいか、今の説明を聞いて俺の意識は飛びそうになっている。不味い、眠くて仕方ない……。
「おや、お疲れのご様子。ささ、リエナ様のお部屋へご案内しますぞ」
塔の中に入ると、そこは大書庫と大して変わらない程に、本が壁という壁に敷き詰められていた。
魔術師らしき風貌の者がちらほらと見て取れ、それぞれが何やらブツブツいいながら本を読んでいる。
「リエナ様のお部屋はこの最上階になります。しかし階段は上れそうにないくらいフラフラですな。少しお待ちください」
最上階……。
壁にそって螺旋階段が設けられているが、階段を踏み外せば真っ逆さまだ。
確かに怖い。上を見上げるだけで足が震えてきそうになる。
……いや、待て。
確か今……モモルさん、リエナ様って……。
俺の記憶が正しければ、リエナというのは……
「にゃんだいーっ、モモルん。私は忙しいのだ」
その時、一際明るい声が聞こえてくる。
そちらの方へ眼を向けると、ピンク色のローブにウサギの耳のような物を生やした少女が、モモルさんに付いて歩いてくる。
「お待たせしました。この魔術師に騎士殿を運ばせましょう」
……なんだと。
今何といった。まさか、このまだ成人もしていない少女に俺をオンブさせようと言うのか?
騎士としてそれだけは避けたい。というか、オンブされて階段を上がる方が危険な気がする。
「ンー……リエナ様の部屋に運べばいいのン? 仕方にゃいなぁ……報酬は?」
「ほら」
モモルさんは懐から数枚の銀貨を取り出すと、その少女へと投げて寄こした。
少女は「まいどにゃん」と言いながら受け取り……そのまま俺に近づいてくる。
「いや、あの……私は一人で……」
「もうお金貰っちゃったからン。観念するニャン」
すると、少女の右手にいつの間にか錫杖が握られていた。
そんな馬鹿な。一体どこから……。
「一名様~、リエナ様のお部屋へご案内~」
「ちょ、待って……」
錫杖を振り回し、床へと突き刺さんばかりに叩きつける少女。
その瞬間、俺の目の前から少女が消えた。
いや、少女だけではない。モモルさんも……
いや、待て……周りの風景も変わってる。
いや、ここは……何処?
ふと自分の前にあるのが扉だと気づくと、そこに掛けられた札をまじまじと見つめる。
『リエナの部屋。ノック常識、ウサミミは入ってくるな』
「まさか……俺が移動したのか? 一瞬で……」
今俺がいるのはバルコニーのような場所。
柵へと手をかけ、下を見下ろしてみる。
「…………」
見下ろした瞬間、足が震える。
高い、凄まじく高い。
もはやモモルさんと少女の姿すら確認できない。
「今のが魔術なのか……恐ろしい……」
言いつつ懐から鍵を出し、そっと部屋の扉を開錠する。
「……申し訳ありません……失礼します……」
謝りつつ部屋の中へ。
お香か何かの匂いが漂うその部屋は、一言で言えば殺風景だった。
酒らしき物が収まっている棚に机、それにベッドのみ。
床に怪しげな魔法陣らしきものが描かれているが、今は気にしない。
「本当に休んでもいいんだろうか……あぁ、でも流石に……疲れた……」
昨日の夜に王都を出て、バルツクローゲンへと到着したのは本日の昼間。
任務で鍛えられている筈なのに……ここに来て一気に睡魔に襲われる。
「もう……ダメだ……」
そのまま壁へともたれ、そのまま座り込み……目を閉じる。
俺の意識はすぐに闇の中へと引きずり込まれていく。
その中で……あの……シンシアの泣き顔だけが頭から離れない。
マルコシアス……俺はどうすればいい。
どうか……教えてくれ……。




