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4.シンシア

 《シスタリア王国 バルツクローゲン 大書庫》


 古い本の香りが好きだ。

この街の大書庫は高い塔の中に納まっており、壁という壁に本棚が敷き詰められている。

上を見上げれば螺旋階段が設けられており、天井など見えない程に高い。


「おや、シンシア殿、本日も勉学に励んでおられますな」


 大書庫内の机の一つを陣取っていると、私の腰くらい程の身長の猫が話しかけてくる。

この大書庫の管理人のモモルさんだ。猫の姿をしているのは魔人だから。


「いえ、今日は……児童書を読んでいるだけで……」


本の表紙を見せつつ、今日はサボりだという事を告げると、モモルさんは優しく微笑んでくれる。


「たまにはいいでしょう。あぁ、それならば……少し留守を任せてもよろしいですか? 先の戦いの事でお偉方に呼び出されていましてな」


「あぁ、はい。構いませんよ」


先の戦い……魔人と人間との……あの戦いの事か。

私の許嫁であるマルコシアス様も赴いていた筈だ。


「どうかされましたか? 何か心配事でも?」


「ぁ、いえ……私の知り合いもその戦いに……でも心配はしていません。彼は本当に優秀な騎士なんです。きっと……もうすぐ会いに来てくれると思います」


もうじき私は”ナハト”となる為、修行の旅に出る。

その旅に彼も同伴する事になっていた。だが既に戦いは終結しているのに、まだ報せの一つも無い。しかしそれは無事だという証拠だろう。きっと、開口一番に武勇伝を聞かせてくれるに違いない。


「そうですか……では行ってまいります。やれやれ……魔人というだけで肩身が狭いですな……」


モモルさんは小さな肩をさらに縮こませながら外へと出ていく。

魔人と言っても全部が全部、敵というわけではない。モモルさんのように人間と共に生活する事を望み、共存の道を模索している者も少なくはない。だが未だ溝が深いのも事実だ。この街は魔術師が大半の為、比較的魔人への対応も優しい方だが。


 魔術は元々魔人が編み出した秘術だ。

それを学び、最初に使用した人間が……この国で誰もが知る英雄……ナハトだ。

彼は元々騎士だったが、魔人の使用するその秘術に引かれて学んでしまったらしい。それを切っ掛けに一気に人間は魔術を習得しだし、魔人とも互角に渡り合えるようになっていった。この街が魔人に比較的優しいというのも、そのあたりから来ている。より高純度な魔術を研究する為、魔人との交流をしたがっている者が多いのだ。


「さて……」


本日はゆっくり……堂々とサボろう。

モモルさんからも許可も頂いた事だし。


 今私が読んでいる児童書は、とある女の子の冒険譚。

空飛ぶ羊に跨り、大空を駆け世界中を旅するという内容。無論、羊は空を飛ばない。この物語の結末は、実はその羊は魔人で、人間と仲良くしたいが為に姿を変えていた……というオチだ。恐らくこの本の著者も、魔人と仲良くしたかったに違いない。


「私も……マルコシアス様と旅に出るんだ……」


もうすぐだ。

マルコシアス様は羊でも無ければ魔人でも無いが、頑張れば空くらい飛べるかもしれない。

ちょっと冗談で言ってみよう。私が乗るから空を飛んでみてくれ……と。


「早く……会いに来てくれないかな……」


きっと今は色々と忙しいんだろう。

何せ相当大きな戦いだったらしい。神に等しいと言われる魔人、ディアボロスが戦場に立っていたのだから。きっとその話もマルコシアス様はしてくれる。でもあの人は優しい人だから……もしかしたら魔人を助けてしまっているかもしれない。いつか共存できると、常々と言っていたし。


「失礼、少しよろしいでしょうか」


その時、いつの間にか私の横に女性が一人立っていた。

自分の世界に入り込んでいた私は思わず驚き、急いで椅子から立ち上がろうとしてバランスを崩してしまう。そのまま椅子ごと床に倒れる、というその時、その女性はそっと私の体を支えるように助けてくれた。


「大丈夫ですか? 突然失礼しました」


「い、いえ……こちらこそ……ありがとうございます……」


支えられながら立ちあがり、頭を下げながらお礼を言う。

そのまま、その女性の顔を見た時……思わず目が離せなくなった。


まるで何処ぞの王族のような……綺麗な金髪。

思わず触れたくなる程に柔らかそうな色白な頬。

吸い込まれそうな茜色の綺麗な瞳……。


「……? もし?」


「え? あ、あぁぅ、はい、すみません……」


再び頭を下げながら、その女性をチラチラと観察する。

怖い程に美人だ。この街では見かけない顔だが……と、その時腰にある剣に目が行く。

この街で剣を持ち歩いているのは騎士か冒険者だけだ。

女性は騎士には見えない。ということは冒険者だろうか。


「少しお尋ねしたい事がありまして……とある騎士を探しているのです。こういう……男なのですが」


言いながら懐から人相書きを出してくる女性。

なんという事だ。驚く程に……絵が下手だ。


「え、えっと……見た事ないですね……」


いや、本当に見た事は無い。

本当に人間の顔を描いた物かどうかも分からない。

絵心が残念すぎる。


「そうですか……失礼しました」


そっと人相書きを懐へと仕舞う女性。

すると私が今まで読んでいた児童書が気になったのか、視線がそちらへ行く。


「ぁ、良かったら……」


そっと本を手渡すと、女性は表紙に書かれた著者を確認。


「フィーリスの児童書ですか。子供の頃は良く母に読んでもらっていました」


おお、何となく共感を得てしまう。

私も師匠に良くねだっていた物だ。この本を読んでくれと。


「隣、失礼しても?」


「ど、どうぞ!」


私は椅子を勧めつつ、女性と共に着席する。

女性は本を丁寧な動きで本を捲り……まずはあらすじから読み始めた。


「懐かしいですね……」


なんだろう、ものすごく嬉しい。

この女の子と空飛ぶ羊の話は私も大好きだ。この人とは……いい友人になれそうな気がする。


「確か……フィーリスは……この国の英雄でしたね」


「そうですね、五百年前の……」


魔術師フィーリス。

だがこの国では作家としての方が有名だろう。

五百年前に書かれた児童書が、いまだに読まれているというのは本当に凄い事だと思う。


「……………」


女性は夢中になって本を読みだしてしまった。

私も本を読もう。今日はサボりだ。女性が読み終えるまで……隣で付き合うとしよう。




 ※




 眼前に広がる海。

隣にはマルコシアス様。


『じゃあ、行ってくる』


……?


何処に? 


マルコシアス様?


『自由に……健やかに過ごしなさい。君を幸せにしてくれる男性は……もうじき現れる』


何を言っているの……?


貴方以外に……私を幸せにできる男性なんて……


 そのまま海へと向かって歩き出してしまうマルコシアス様。

私も追いかけようと走りだす。でも走っても走ってもマルコシアス様に追いつけない。


 気が付けば、いつのまにか水平線の向こうへと……マルコシアス様は行ってしまう。


「なんで……なんで……? なんで行っちゃうの……?」


分からない、意味が分からない。


どうして……こんな……


『シンシア……』


……!?


マルコシアス様? 何処、何処に……


『シンシア』


何処、何処?!


姿を見せて……


『シンシア……シンシア……』


マルコシアス様……お願い……何処なの?


私と一緒にいつまでも……居てくれるって……言ってたのに……




「シンシア!」






 名前を呼ばれて顔を上げる。

机の上には自分のヨダレで生み出された海。

慌てて口元を手で拭いながら、隣を見るとそこには私の師匠の姿が。


「師匠……?」


「大丈夫? 魘されていたみたいだけど……」


あぁ、なんかすごく怖い夢を見ていた気がする。

なんだっけ……確か……


「って、あれ……師匠、ここに女の人が居たんですけど……」


「……? 誰も居なかったわよ。モモルとここに来た時には、貴方はもう眠っていたし……」


先程の女性は帰ってしまったんだろうか。

折角いい友達になれると思っていたのに……。


「それよりシンシア……貴方に……お客様よ」


「……はい?」


師匠の後ろ、よく見れば騎士が一人佇んでいた。

知らない人だ。私に……何の用だろうか。


「シンシア・オルレアン様でしょうか……」


「ぁ、はい、そうですけど……」


その騎士は何処か今にも泣きそうな顔をしていて、私は突如として途方もない不安に襲われる。


まさか……まさか……


「貴方にお伝えしなければならない事がございます」


「…………」


私はいつのまにか泣いていた。

もう分かってしまった。


彼以外の……マルコシアス様以外の騎士が私に伝える事。


そんなの……もう……




「マルコシアス・アーヴェンは……先の戦場、ガルムント(罪人の都)で勇猛果敢に戦い……戦死しました……」





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