3.アルフェルド
《シスタリア王国 王都スコルア 大聖堂》
先の戦いで戦死した騎士の埋葬を進める聖女達。だが大半の騎士の遺体は戦場に置き去りだ。この地へ帰ってこれた勇敢な戦士達の亡骸は数える程しかない。しかしその中に、俺の幼馴染のマルコシアスが居た。
「マルコシアス……」
棺の中で眠る幼馴染の姿を見て、嘆くように名を呼ぶ。
マルコシアスは優しい男だった。いや、優しすぎたのだ。彼の最後を看取った者の話によれば、仲間の騎士を庇い魔人の凶刃に身を晒したらしい。だが遺体の傷は聖女達によって跡形もなく消されていた。彼女達が使用する”秘術”によって。
「アルフェルド!」
その時、大聖堂へと大声を上げながら入ってくる男が一人。
マルコシアスの父親、ドルフ・アーヴェン様だ。顔面蒼白で、息を切らしながら近づいてくる。恐らく聖女達からの報せを受け取ったのだろう。マルコシアスが……戦死したと。
「マルコシアスは……」
「……そちらに……」
棺の中で眠る彼を見て、ドルフ様は床へ崩れる。
肩を震わせながら泣く後ろ姿に、俺はかける言葉が見つからない。
「アルフェルド……マルコシアスの最後は……この子の最後は……」
「魔人から仲間を庇ったと……聞いています」
それを聞いてドルフ様は「あぁ、マルコシアスらしい」と、ゆっくり立ち上がり棺へと手を差し伸べ最愛の息子の顔へと触れる。優しく頬を撫で、最後の別れを。
「自慢の息子よ……お前は私の誇りだ……」
そのまましばらくの間、ドルフ様はマルコシアスとの別れを惜しんでいた。時間が止まったかのようにも感じられる。俺は……この方に何と詫びればいい。どうせなら罵倒してくれないだろうか。何故マルコシアスが死んだのに、貴様が生きているのだ……と。
「アルフェルド……お前は大事無いか……」
「はい……」
しかし、俺の期待とは真逆の言葉を掛けてくれるドルフ様。
親の居ない俺にとって、ドルフ様は父親の役目を買って出てくれた方だ。
マルコシアスと共に剣をドルフ様から習い、時には優しく時には厳しく……俺の事も実の息子のように扱ってくれた。子供の頃は、よくマルコシアスと共に頭へゲンコツをもらった物だ。だが俺はマルコシアスの代わりになどなれない。ドルフ様の息子はマルコシアスただ一人なのだから。
「アルフェルド……お前に頼みがある……少しいいか」
「……はい」
ドルフ様と共に大聖堂の中庭へと出る。
そこには他にも泣いている人間が幾人か見て取れた。俺はとりあえず、今にも崩れそうなドルフ様を支えながらベンチへと座らせる。全身を震わせ、本当ならもっと泣きたい筈なのに、ドルフ様は目じりを抑え涙を堪えていた。
「ドルフ様、私に頼みというのは……」
「あぁ……マルコシアスの許嫁の事についてだ……」
マルコシアスの許嫁?
そんな話は初めて聞いた。まさか彼にそんな相手が居たとは。
「その許嫁は”マシル”の魔術師でな。修行の為、次期に旅に出るのだ。その旅に……マルコシアスも同伴する筈だった」
「そう……だったのですか」
マシル……魔術師達で構成される組織だ。普段あまり接点がない為、俺は魔術師の事などあまり詳しくは無いが。
「……それで……アルフェルド。お前……意中の相手は居るか?」
「ちょっと待ってください……ドルフ様、まさか……」
「……こんな時に、こんな事を頼むのは筋違いだと分かっている、だがお前しか居ないんだ。頼む……マルコシアスの代わりに……彼女を守ってやってくれ……」
ベンチに座りながら、頭を下げてくるドルフ様。
俺はその時、不謹慎極まりない事を考えていた。
あの戦場で出会った魔人……彼女の事を。
「アルフェルド……駄目か?」
「い、いえ……申し訳ありません、頭が付いていかなくて……」
必死に戦場で出会った彼女の事を忘れようとする。
そんな俺に不安そうな顔を向けてくるドルフ様。
……分かっている。俺に拒否権など無い。
「アルフェルド?」
「分かりました……私に……お任せください」
ドルフ様は俺の言葉を聞くと「ありがとう」と再び頭を下げてくる。
その時、俺は凄まじい罪悪感に襲われていた。
マルコシアスの許嫁を貰い受ける……。
だが俺は今、まったく別の……しかも魔人の女性の事を考えているのだから。
※
ドルフ様と別れた後、俺は我が騎士隊の隊長、シェバ殿の所へと来ていた。
マルコシアスの代わりに、許嫁の修行の旅に同伴する事を報告する為だ。
「というわけでして……隊長、しばらくお暇を頂けないかと……」
シェバ殿は何処か難しい顔をする。それはそうだ。今はただでさえ人手が足りない。
「まあ……他ならぬマルコシアスの許嫁の事だ。ないがしろには出来んか……。分かった、好きにしろ、アルフェルド。それにしてもマシルの魔術師が許嫁とは……名前は聞いたか?」
「あぁ、はい。確か……シンシアという娘と……」
許嫁の名前を聞いて、あからさまに怪訝な顔を浮かべるシェバ殿。
その娘の事を知っているのだろうか。
「シンシア……? 次期ナハト候補のか?」
「ナハト……」
ナハトとは最高の魔術師と認められた者に送られる称号のような物。
マシル内でもそれ相応の権力を有する事を認められるが、ナハトとなった者に自由は無い。
組織の為、国の為に戦場の前線へと送り込まれる事もあれば、全ての罪と責任を負わされ処刑される事もあるという。要は……生贄だ。
「きな臭いな……何故そんな娘とマルコシアスが……。アルフェルド、気を付けろよ。魔術師連中が何を考えているか知らないが……」
「分かりました。肝に銘じておきます」
敬礼しつつその場から立ち去る。
屋外へと出ると、既に太陽は沈みかけていた。西の空が美しい茜色に染まっている。
その色を見て、つい俺は彼女の事を思い出してしまった。
戦場で出会った彼女。恐らく人間と魔人の間に生まれたであろう、見た目は人間その物の女性。
だがその瞳の色は独特で美しく、どこか吸い込まれそうな感覚に襲われた。
人間にあんな目が出来る者など居ない。あの魅惑的な輝きは魔人独特の物だ。人間を誘い、襲いかかる類の……。
だが彼女は紛れもなく戦士だった。
剣の太刀筋がそれを物語っている。ただ人間を誘惑する魔人に、あんな剣技が身に付く筈が無い。
「俺は……どうかしてしまったのか」
彼女の事を考えると心が震える。
幼馴染が死に、その許嫁を託されたというのに他の女の事を考えている。
不謹慎極まりない。自分が最悪な部類の人間だと思えてきてしまう。
「いや、最悪な部類だろう……どうかしてる……」
戦場で出会った彼女の事は忘れなければならない。
今はとにかく……マルコシアスの意志を継ぐ。
俺はその許嫁を愛す事など出来ないだろう。
それは向こうも同じだ。俺を愛す事など天と地がひっくり返ってもあり得ない。
だが俺には……マルコシアスの意志を継ぐ義務がある。
彼の代わりに……俺が彼女を守らねばならない。
※
騎士隊の詰め所から自室へと戻り、すぐに街を出る準備をする。
シンシアと言う名のマルコシアスの許嫁はこの王都には居ない。
魔術師達が主に住まうバルツクローゲンという街に居るという。
「気が重いな……まずは俺が……彼女にマルコシアスの死を伝えなければならないのか……」
一体何と言えばいいのか。
ドルフ様によれば、二人は許嫁という関係を抜きにしても仲が良かったらしい。
既に将来を誓い合っていたとも言う。彼からその事を聞いたことは無いが……。
旅支度を終え外に出ると、既に日は沈み月が王都を照らしていた。
夜に出発など危険極まりないが、時間が惜しい。
いや、時間など関係ない。今はとにかく動いていたい。
馬を引き王都の東門へと向かう。
門兵へとバルツクローゲンへと向かう旨を伝え、馬と自分だけが通れるだけの隙間を開けてもらう。
「お気をつけて……魔人共は先の戦い以来大人しい物ですが……」
「あぁ……ありがとう」
王都の外へと出て、門が閉じるのを確認しつつ馬へと跨る。
眼前に広がるのは月光に照らされた広大な草原。
美しく、何処か不気味な世界。
「こんな時間に付き合わせてすまない……さあ、行こうか」
手綱を引き馬を走らせ、月の下を駆け抜ける。
マルコシアスの死を告げ……彼の許嫁を守る為に。




