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 《シスタリア王国 グロリスの森》


 グロリスの森。そこはシスタリア王国の王都、スコルアとバルツクローゲンの間に存在する。昼間は女子供だけでもなんら心配はない。だが何故か、夜だけにとある怪物が出現する。王都に近い為、騎士達は勿論の事、腕利きの冒険者も討伐に赴いたが結果は凄惨たる物だった。冒険者部隊は全滅、王都直属の騎士ですら、数名の生き残りが命からがら帰還したのみである。

 この事態を踏まえ、シスタリア王国では真夜中にグロリスの森へ入る事を禁じた。怪物は夜にのみ現れ、森の外には決して出てこない。森にさえ入らなければ危険は無い。


 だが、今まさに一人の女性が森の中を彷徨っている。何の用意も無く、ただひたすらに歩き続ける彼女は、愛する騎士が死んだと聞かされ、それを確かめる為に王都に向かっていた。騎士の亡骸を自らの目で見るまでは信じる事が出来ない。いや、それ以前に……彼女は会いたいのだ。たとえ屍であっても……抜け殻であっても……彼女はただ会いたいだけなのだ。




 ※




 一方で、その彼女、シンシアを連れ戻す為に森の中へと入る騎士、アルフェルド。何の用意も無く、真夜中の森を歩けば結果は見えている。ましてや、彼女は今まともな精神ではない。アルフェルドはそう考え、彼女の痕跡を探しつつ、森の中を進む。


(足跡……小さいな。彼女の物か?)


 女性用の靴らしき、細く小さな足跡。下手をすれば見落としてしまうが、アルフェルドはいつもにまして過敏になっている。マルコシアスの愛した女性なのだ。何を犠牲にしてでも助けなければ、とアルフェルドの神経を尖らせていた。


(こっちか……!)


足跡の進む先へと駆け、シンシアを追い続けるアルフェルド。

死なせるわけには行かない。なんとしても……何を犠牲にしても。





 ※




 

 アルフェルドに遅れて森に入ったシェルス。この森に潜む魔人を、鼻を頼りに探しながら進み続けていた。魔人が居る所に彼女も居る、そう確信しているのだ。何故ならこの森は、既に魔人の腹の中。美味しそうな若い娘に食いつくのは目に見えている。


「まだ食われてないだろうな……ガラドグレイシスの血族だったらいいんだけども」


かつて『人間に手を出すな』と言い放った”神に等しい魔人”が居た。名をガラドグレイシス。かの魔人は人間との交戦を経て、共存を望んだ魔人の一人である。もしこの森に住まう魔人がその血族、またはそれに近しい者なら、夜にしか現れないというのにも合点が行く。何故なら、ガラドグレイジスは”月”と同調する魔人。その為、活動するのは夜に限られていた。そしてそれは、かの魔人に近しい者なら同じ筈。夜という時間帯が彼らの領域なのだ。


「ガラドグレイジスの血族なら……無抵抗の人間を殺したりは……」


かの魔人は人間と共存を望んだ魔人。さすがに襲われれば撃退するが、ただ森の中を彷徨っているだけの人間に手は出さない筈、とシェルスは考えていた。だがそうでない可能性も勿論ある。夜だけにしか活動できない魔人など腐る程居る。もし前者ならばシンシアだけを連れて森を抜ければいい。だが後者だった場合は戦う事になる。


「いや、私的には戦いたいな……。あの男と再戦する為にも……」


 シンシアを助けつつ、魔人との戦闘になれば最高だ、とシェルスは頬を緩ませながら森を進み続ける。その時、微かに血の匂いが漂ってくる。


「こっちか!」


魔人の血と人間の血の匂いは全くの別物だ。そして今漂ってくる匂いは人間の物。シェルスは木々の隙間を縫うように駆け抜け、一際明るい場所にでる。そこは月の光で照らされる湖。その湖のほとりに、見覚えのある女性が一人倒れていた。肩から血を流して。


 シェルスは急ぎ駆け寄り、シンシアを抱きながら顔を覗き見る。まだ死んではいない。とりあえずは止血をと、懐からハンケチーフを取り出した。その時、背後に不気味な気配が。


『何だ。手っとリ早く呼び出そうと思ったが……同胞の方か』


夜の闇の中で、低く響く異形の声。

ゆっくり後ろを振り返ると、そこに居たのは二足歩行する巨大な狼。

手にはシェルスよりも大きな大剣を持ち、そのいでたちは戦士その物。


 シェルスは、シンシアの止血を施しつつ、狼へと声を掛ける。


「お前がこの森の主か。無抵抗の人間を襲った所を見ると……ガラドグレイシスの血族じゃないか」


『当たり前だ。誰があんな腑抜けの……。俺の主人はファラク様一人。貴様は何処の……ん?』


狼は一歩、また一歩とシェルスに近づいてくる。

そして鼻を鳴らしながら、興奮ぎみに言い放つ。


『お前……ファラク様の血族か? いや、そんなもんじゃない。まるで……ファラク様自身を見ているかのような……』


「だろうな。私は……そいつの娘だ。母親は人間だけどな」


シェルスは最初、シンシアを助けつつ戦えたら最高だ、と考えていた。

だが今は頭の中のもう一人の自分が訴えている。”逃げろ”と。


「というわけで……こいつは返してもらうぞ。じゃ」


『おい待て。混血とは言え、貴様は魔人として生きているのだろう? その剣からは人間の血の匂いしかしない。そんな貴様が何故人間を助ける。まさか……』


「考えが古いな。私は別に魔人やら人間やらで付き合う奴を決めているわけじゃない。お前が何処で誰を食おうと知ったこっちゃないが、この子は私の物だ」


『貴様……ファラク様の血族でありながら、人間側に付く気か!』


「人の話を聞け! っていうか、そのファラク様も人間と子供作ってんだ! お前の大好きな主様も、とっくにガラドグレイジスと同じ考えなんだよ」


シェルスの言葉に歯を食いしばる魔人。

大剣を握る手に力を入れ、大きく掲げるとそのまま地面へと突き刺す。


『腑抜けている……貴様はやはり半端ものか。戦士として何故人間と戦わん! 魔人の敵は人間だ!』


「だから人の話聞けよ! もういい。いい加減イラついてきた。というか、お前は戦士なのか? なら何故ディアボロスの招集に応じなかった。何故夜にしか狩りをしない」


シェルスはシンシアを木にもたれかけさせるように降ろし、腰の剣へと手を掛ける。

目の前で、シェルスの問いに歯を食いしばる事しかできない魔人を見据えながら。


「教えてやろうか。この森から出るのが怖いんだろ。お前が同調出来るのはこの森だけだ。夜にしか狩りをしないのは……王都の騎士が怖いからか? 夜だけなら……見逃してもらえると思ったんだろう?」


『貴様! 愚弄する気か!』


「してるんだよ! この糞爺が!」


シェルスは抜刀し、一気に距離を詰め懐へと入り込む。

そのまま二本足で立つ狼の膝裏へと回り込み斬りつける。だが刃が通らない。狼の毛が、まるで鋼のように剣を弾いてくる。


「め、めんどくせぇ……」


『斬りかかる前に……せめて名乗れ! 礼儀知らずの小娘が!』


狼はその巨体に似合わない動きで体を半回転させ、そのまま後ろ足で回し蹴りをシェルスへと叩き込む。

だがシェルスは剣で防御しつつ、一瞬の判断で後ろへ飛んだ。今のをまともに食らえば無事では済まない、とシェルスの額に冷や汗が垂れる。


『我が道はファラク様と共にある。イルベルサの騎士、ザナリア! 参る!』


剣を構えながら名乗る狼、ザナリア。

その様子を見て、シェルスは思わず溜息を吐きながら項垂れていた。


「お前は何処の御伽噺から迷い込んできたんだ。まあいい……私の名前はシェルスだ。一応ディアボロスからもらった名前だ」


ザナリアに合わせるように名乗り、剣を構えるシェルス。


『いざ……』


次の瞬間、シェルスはザナリアの懐へと再び踏み込んだ。

ザナリアの武器は大剣、そして異様に硬い体毛、さらにはその身のこなしさえも反則じみた軽やかさ。シェルスには懐に入り込むしか策が無かった。体毛が鋼鉄ならば、狙う場所はもう一つしかない。


『ぬぅ! ちょこまかと……!』


「いちいち喋るな!」


シェルスはザナリアの膝を足場に、一気に駆け上る。

そのまま顎下から蹴り上げるが、鋼鉄の体毛に邪魔されて、逆にシェルスの足が悲鳴を上げた。


「くっそ……」


『軟弱だ。これがファラク様の娘? 弱すぎる!』


瞬間、ザナリアは持ち前の身軽さで飛び上がり、そのまま剣を振りあげ落下してくる。

シェルスは後退しようとするが足が言う事を聞かない。


「間抜けにも程があるぞ……動け、動け……!」


眼前に迫るザナリアの大剣。

このまま自分は真っ二つにされる、そう思った時だった。


目を閉じ、一瞬の覚悟を決めるシェルスの耳に届いてきたのは剣と剣がぶつかり合う音。


『なっ! 貴様……』


警戒するザナリアの声に、ゆっくり瞼を開けるシェルス。

目の前に見えたのは騎士の後ろ姿。


「……?」


見覚えのある後ろ姿だった。

あの戦場で、悪魔のように魔人を切り捨てていった騎士。

自分の胸に大きな風穴を開けた人間。


「……お前……」


シェルスが血眼になって探していた男。


その騎士が今、目の前に現れた。




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