白い迷宮
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森を抜けた先に、それはあった。
丘の斜面に、白い柱が並んでいた。
大理石だ。風雨に晒されて表面は少し黒ずんでいるが、それでも白い。彫刻が施された柱頭、緩やかな段差を描く石畳の階段、左右対称に並ぶ柱の列。
パルテノン神殿、という言葉が頭に浮かんだ。
日本の高校生だった頃に、教科書で見た。世界史の、たしかギリシャのところだ。
(まさかこんなところで役に立つとは)
「……ここが、入口か」
「そう」
リーゼロッテが頷く。
「詩人の湖畔への迷宮。五層の最奥に、湖がある」
柱の間から、冷たい空気が漂ってきた。石の匂い。古い、静かな匂い。
入口は、柱の列の奥にあった。地面が、そのままぽっかりと口を開いている。縁も、やはり大理石で整えられていた。中は暗い。
俺は縁から覗いた。
階段があった。緩やかに、真っすぐ下へ続いている。
(行くか)
振り返ると、ニッグがすでに縁の隣に立っていた。いつの間に来たのか。ぼろぼろのローブが風に揺れている。
「お前も来るのか」
「ニ……グ」
「うん、ニッグ」
俺は前を向いた。
「行くぞ」
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一層は、広かった。
天井が高い。柱が等間隔に並んでいる。床は石畳で、歩くたびに足音が響く。……リーゼロッテとニッグの足音が、か。俺には足がない。
松明はなかった。
それでも、壁が微かに光っていた。石そのものが、うっすらと白く発光している。昼の光を吸い込んで、ゆっくりと放出しているようだった。
(綺麗だな……)
思った瞬間、壁から何かが飛び出してきた。
「っ!」
とっさに後退した。壁と同化していたそれが、するりと動く。
石の色をした、大型のトカゲだった。
全長は二メートルほど。鱗が石畳と同じ色をしていて、動き出すまで完全に見えなかった。ステータスを確認する。
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【ストーンリザード】
Lv:18
HP:???
MP:0
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(物理系か……)
「トオル、下がって」
リーゼロッテが前に出た。ストーンリザードが低い姿勢のまま、じりじりと間合いを詰めてくる。
次の瞬間、飛びかかった。
リーゼロッテが正面から受け止めた。鎧がぎしりと軋む。しかし足は動かない。そのまま腕に力を込めて、トカゲを横へ投げ飛ばした。
壁に叩きつけられる鈍い音。
(今だ)
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【スキル発動:《ダークボール(Lv7)》】
【MP:120 → 117】
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黒い球体が直撃した。ストーンリザードが痙攣して、動かなくなった。
沈黙。
「……思ったより強いな、一層から」
「そりゃそうでしょ」
リーゼロッテが鎧の肩を回した。軋む音がする。
「舐めてかかると死ぬよ、このダンジョンは」
「わかってる」
わかってはいる。でも、改めて言われると少し胃が痛い。
(HP全快で良かった)
俺はニッグを見た。
ニッグは少し後ろで、壁を眺めていた。戦闘中もそこにいた。
(参加する気はないのか)
いや、違う。あいつなりに周囲を見ていたのかもしれない。初めての場所で、初めての相手。どう動くべきか、探っているのかもしれない。
まあ、いい。焦ることはない。
「次、行くか」
通路の奥へ、三人で進んだ。
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一層の構造は単純だった。
真っすぐな通路が続き、時折交差する。曲がり角の先に、石柱が並ぶ広間がある。その繰り返し。迷子にはならない。
ただ、油断するとモンスターが出る。
ストーンリザードが三体。壁から剥がれるように現れた。
「散れ!」
リーゼロッテが叫ぶより先に、ニッグが動いた。
ぎしぎしとした普段の動きが、突然消えた。
一瞬だった。
錆びた長剣が唸りを上げて、一体の首を刎ねた。返す刃で二体目の腹を薙ぐ。
俺とリーゼロッテが固まった。
ニッグは三体目の前で立ち止まり、俺を振り返った。
(俺か?)
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【スキル発動:《祟り》】
【MP:117 → 112】
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祟りの波動が三体目を捉えた。ストーンリザードが苦悶してその場に倒れ込む。
沈黙。
「……」
俺はニッグを見た。ニッグは特に何も言わずに、長剣を鞘に収めた。
(コイツ……さっきと全然動きが違う)
ぎしぎした日常の動きと、あの剣筋。
まるで別の存在みたいだった。
「……行こう」
リーゼロッテが先に歩き出した。
俺はもう一秒だけニッグを見て、それから前を向いた。
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一層の最奥に、二層への階段があった。
覗くと、下からは湿気を帯びた空気が上がってきた。一層とは空気が違う。
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【執念深きトオル】
Lv:20
HP:60 → 60
MP:120 → 112
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(MPの消費は抑えられた。でも、これが五層まで続くのか)
「……リズ、二層はどんな感じだ?」
リーゼロッテは少し間を置いた。
「湿地系。足場が悪い」
「モンスターは?」
「水辺のやつら。それと……昼と夜で変わる」
「昼と夜?」
「ダンジョンの中にも、昼夜の概念がある。下に行くほど、それがはっきりしてくる」
俺は階段の下を見た。暗い。静かだ。
(昼夜で変わる、か……)
「今は昼か?」
「まだね。でも二層に下りる頃には、どちらかに変わってるかもしれない」
俺は頷いた。
ニッグが階段の前に立っていた。特に何も言わず、ただそこにいる。
「行くか」
誰に言うでもなく、呟いた。
階段を下りていく。
白い石の壁が、ゆっくりと遠ざかっていった。
──つづく──
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