歓声と
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路地を抜けて大通りに戻った瞬間、どっと歓声が上がった。
「やったぞ! 試練突破だ!!」
「嬢ちゃんたち、やるじゃないか!」
「エルメシア様の試練を突破したのは何年ぶりだ!?」
気づけば大通りの両側に人だかりができていた。市民たちが手を叩き、口笛を吹き、思い思いに声を上げている。噴水の前で言い争っていたカップルも、雑貨店の老店主も、酒場から出てきた旅人も、みんな笑顔でこちらを見ていた。
「おめでとう、嬢ちゃんたち!」
タバコの男が、にかっと笑いながら親指を立てた。
トオルは少し呆気に取られて、それから思わず笑った。
「……ありがとうございます」
リーゼロッテが隣で、静かに頭を下げた。
歓声が、また一段と大きくなった。
子供たちが駆け寄ってきた。わあわあと声を上げながら、リーゼロッテの鎧を触ろうとする。
「こら、兜には触るな」
リーゼロッテが低い声で言うと、子供たちはきゃあと笑いながら逃げていった。
市場の母親が、布に包んだ何かを差し出してきた。
「これ、道中のお供にどうぞ。大したものじゃないけど」
パンと干し肉だった。
「……ありがとうございます。でも俺、食べられなくて」
「騎士様に」
「私ももらえないんですが」
母親は少し困った顔をして、それから笑った。
「じゃあ、次に出会った旅人にでも渡してあげてください」
「……そうします」
トオルはそれを受け取ろうとした。すり抜けた。
「……あ」
「私が持ちます」
リーゼロッテが拾い上げた。
母親がくすくすと笑った。
タラリアを出たのは、夕暮れが終わりかけた頃だった。
城門をくぐると、街の喧騒がすっと遠のいた。振り返ると、オレンジ色に染まった街並みが見えた。
「……賑やかな街だったな」
トオルが呟いた。
「そうだね」
リーゼロッテが頷く。
「エルメシアらしい試練だったよ。ああ見えて、あの人は一番人間が好きなんだ」
「そうなのか?」
「ひとところに留まらないのも、どこにでも現れるのも、全部人間を見ていたいからだよ。旅人の英雄ってのは、そういうことだと思う」
トオルはその言葉を、しばらく頭の中で転がした。
街道を進むにつれて、人通りが減っていった。
石畳が途切れ、土の道になる。木々が深くなる。空は群青色に変わり始めていた。
しばらく黙って歩いた。
風が吹いた。木々がざわめいた。
トオルは《幽幻》を解いて、霊体に戻った。人型を保つのにも集中が要る。人気がなければ、こちらの方が楽だった。
「次は双子の霊廟か」
「詩人の湖畔と狩人の水面。どっちから行くか、辿り着いてから考えよう」
「エルメシアが言ってたな。あそこに番人がいるって」
「そうだね。どんな奴かはわからないけど」
「まあ、なんとかなるだろ」
「根拠は?」
「今まで何とかなってきた」
リーゼロッテが肩をすくめた。
また沈黙が続いた。虫の声が聞こえ始めていた。
どれくらい歩いたときだろう。
ふと、トオルは足を止めた。
何かが、おかしかった。
虫の声が、止んでいた。
風も止んでいた。木々のざわめきも消えていた。街道が、しん、と静まり返っている。
「リズ」
低く呼んだ。
「……わかってる」
リーゼロッテの声も、自然と低くなっていた。
二人は足を止めて、周囲に意識を向けた。
気配がある。
一つ。しかし重い。ずしりとした、禍々しい気配だった。今まで相手にしてきた魔族とは、また毛色が違う。
木々の向こうで、何かが動いた。
黒い靄が、じわりと広がってきた。地面を這うように、低く、ゆっくりと。草が枯れていく。土が変色していく。その靄が触れた場所から、静かに色が失われていった。
(瘴気……だが、今まで見たものと違う)
トオルは観察スキル──いや、今は鑑定だ──を走らせた。しかし靄そのものには何も引っかからない。発生源がまだ見えていないからだ。
木々の間に、人影が現れた。
ゆっくりと、街道に出てくる。
細身の男だった。体中に黒い紋様が走っている。肌は蒼白で、まるで血が通っていないように見えた。顔には表情がない。ただ、眼だけが赤く、燃えるように光っていた。
足音がしなかった。
それが不気味だった。あれだけの体格の男が、完全に無音で歩いてくる。草も踏まない。土も鳴らさない。まるで空中を漂っているように、するりと街道に立った。
男は立ち止まった。
赤い眼が、静かにトオルたちを捉えた。
値踏みするような、しかし焦りの一切ない視線だった。
「……魔物と幽霊か」
低く、感情のない声が響いた。
「気配でわかっていた。随分と遠くから、こちらを見ていたな」
トオルは答えなかった。
男は続けた。
「英雄の霊廟を巡る旅人か。ならば、ここで止まってもらわなければ困る」
淡々としていた。怒りもなく、焦りもなく、ただ事実を述べるように言った。
それが、今まで相手にしてきた魔族とは違った。ゴールは力を誇示した。ダントンは高圧的だった。ゼルは挑発的だった。
この男は、静かだった。
静かで、冷たかった。
「……名前は?」
トオルが問うた。
男は少し間を置いた。
「名乗る必要があるか」
「ない。でも聞いた」
また間があった。
「……ガルム」
それだけ言った。
次の瞬間、ガルムの体から黒い魔力が溢れ出した。じわりとではなく、一瞬で。街道全体を覆うような、重い魔力の圧だった。
木々がざわめいた。
草が一斉に伏せた。
トオルは思わず半歩退いた。
「行くぞ、リズ」
「ああ」
リーゼロッテが拳を構えた。
ガルムは動かなかった。
ただ、赤い眼だけが、静かに光り続けていた。
──つづく──
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