散策
再開したけどみんなまた読んでくれるかな…
執筆最後まで続けるモチベください
評価とかコメントとか待ってまーす
商都タラリアは、思ったより大きな街だった。
石畳の大通りに、色とりどりの屋台が並んでいる。香辛料の匂い、焼いた肉の煙、どこかから聞こえてくる弦楽器の音。人の波が絶えない。
トオルは人型の姿のまま、その真ん中を歩いていた。
誰も振り返らない。誰も怖がらない。誰も逃げない。
ただ、それだけのことが、妙に新鮮だった。
「……普通に歩けるな」
「普通に歩けるね」
リーゼロッテが隣で頷く。兜を被った全身鎧は目立つといえば目立つが、街の人々は傭兵か騎士だと思っているのか、特に気にした様子もない。
大通りを進んでいくと、屋台の前に人だかりができていた。
焼き鳥の屋台だった。
香ばしい匂いが漂ってくる。鶏肉を串に刺して、たれを塗りながら炭火で焼いている。
「……うまそうだな」
トオルは思わず足を止めた。
手を伸ばしかけて、止まった。
そうだった。食べられない。口に運んでも、すり抜ける。《幽幻》で姿を変えていても、霊体であることは変わらない。
「……うまそうだな」
もう一度呟いた。今度は少しトーンが違った。
「食べられないけどね」
リーゼロッテが静かに言った。
「わかってる」
「匂いだけ楽しんで」
「わかってるって」
トオルは屋台の前を通り過ぎながら、もう一度だけ振り返った。
まあ、いい。今は街を歩けるだけで十分だ。
大通りの中ほどまで来たとき、屋台の親父たちが話しているのが聞こえてきた。
「しかし、西の街道はまだ危ないらしいな。ガルダが出るって話で、行商隊が軒並み迂回してるそうだ」
「そうそう。先週も荷馬車が襲われたって聞いたぞ。あの鳥はでかいからな、人間どころか馬ごと攫っていくらしい」
「いつになったら安全になるんだか……」
トオルとリーゼロッテは、顔を見合わせた。
「……ガルダ」
「……うん」
「それ、俺たちが昨日倒したやつじゃないか?」
「二羽ね」
「もう安全なんだが」
「誰も知らないね」
トオルは少し複雑な気持ちで、屋台の親父たちを見た。誰かに言うべきか。いや、どう説明するんだ。「昨日幽霊と首なし騎士が倒しました」とでも言うのか。
「……まあ、いいか」
「そうしておこう」
二人は何事もなかったように歩き続けた。
路地の角を曲がったところで、今度は井戸端で話し込む女たちの声が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた? このあたりに出るっていうゾンビの話」
「ああ、聞いた聞いた! なんか魔物に襲われてる人を助けてくれるんでしょ?」
「そうそう! でも喋れないし、見た目がゾンビだから最初は悲鳴上げちゃったって話で」
「怖いような、ありがたいような……」
「義理堅いゾンビだって、最近じゃちょっと有名になってきてるみたいよ」
トオルはリーゼロッテを見た。
リーゼロッテはトオルを見た。
「……ニッグだな」
「ニッグだね」
義理堅いゾンビ。なんとなく納得できる表現だった。
街をひと通り歩いたところで、リーゼロッテが足を止めた。
「ちょっとそこ、入ろう」
指差した先は、こじんまりとした仕立て屋だった。
ショーウィンドウに、色とりどりの服が飾られている。
「……服屋?」
「アンタ、その格好なんとかしないと。白い布きれ一枚じゃ、さっきの看守さんが心配するのも無理ないよ」
言われてみれば確かにそうだ。《幽幻》で人型にはなれても、着ている服まで変えられるわけではない。白い布をワンピースのように巻いただけの格好は、どう見ても粗末だった。
「でも、服って触れないぞ。すり抜けるし」
「着た姿に変身すればいいじゃない。さっきの靴みたいに」
トオルは一瞬考えて、頷いた。
「……なるほど」
仕立て屋に入ると、店主の老婆がひょいと顔を上げた。
「いらっしゃい。……お嬢さん、随分と涼しい格好だね」
「ちょっと色々ありまして」
「ふむ」
老婆はトオルの体型をざっと見て、棚からいくつか服を引っ張り出してきた。
「試してみなさい。似合いそうなのを見繕ってあげるよ」
リーゼロッテが腕を組んで突っ立っている。
「……私に聞かないでよ、センスないから」
「聞いてない」
トオルはいくつかの服を眺めて、一着を選んだ。
落ち着いた青みがかった色の、シンプルなワンピース。動きやすそうで、目立ちすぎない。
「これにする」
「いい目してるね」
老婆が頷いた。
トオルは《幽幻》に集中した。白い布の上から、青いワンピースを纏った姿へ。裾の長さ、袖の形、生地の質感。できるだけ細かく思い浮かべる。
霊体の輪郭が、ゆっくりと変わっていく。
「……できた」
「うん、悪くないよ」
リーゼロッテがあっさりと言った。
老婆は目を丸くしていたが、すぐに気を取り直したように笑った。
「魔法使いかい? まあ、いい客には違いないね。代金は──」
「あ」
トオルが固まった。
財布がなかった。お金がなかった。そもそも霊体なので、お金を持つという発想が完全に抜け落ちていた。
リーゼロッテがため息をついて、腰の革袋から銀貨を何枚か取り出した。
「……私が払う」
「リズ、ごめん」
「いいよ。旅の経費だと思えば」
老婆に銀貨を渡して、二人は店を出た。
大通りに戻ると、夕暮れが近づいていた。石畳がオレンジ色に染まっている。
「……ありがとな、リズ」
「いいって言ったでしょ」
「いや、服のことだけじゃなくて」
トオルは少し間を置いた。
「街、楽しかった」
リーゼロッテは何も言わなかった。
ただ、鎧の肩が、ほんの少し揺れた気がした。
「さ、旅人の辻に行こうか」
促す声は、いつも通りだった。
「ああ」
二人の足音が、夕暮れの石畳に重なっていく。
──つづく──
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