美の英雄アフロディオン
再開したけどみんなまた読んでくれるかな…
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アフロディオンの手が、トオルの霊体にそっと触れた。
温かかった。
炎のような熱さではなく、日だまりの中にいるような、柔らかい温もりだった。霊体になってから、こんな感覚を覚えたのは初めてだった。
「君たちは本当によくやった」
アフロディオンが静かに言った。その声には、試練を課していたときの飄々とした軽さはなく、ただ真摯な響きだけがあった。
「特に君だよ、幽霊くん」
金色の瞳が、真っ直ぐにトオルを見る。
「自分の経験を、あの場で逆さに使った。それは頭で考えてできることじゃない。自分がどういう存在か、ちゃんとわかっているからこそできることだ」
「……買いかぶりすぎだ。必死だっただけだよ」
トオルは頭を掻こうとして、手が頭をすり抜けることを思い出した。
アフロディオンがくすりと笑った。
「その正直さも、君らしいね」
美の英雄は一歩引いて、トオルを眺めるように見た。品定めをするような視線ではなく、何かを確かめるような、静かな眼差しだった。
「君に、授けよう」
アフロディオンが両手をゆっくりと広げた。泉の水面から白い光が立ち上り、その手のひらに集まっていく。
「その霊体を、思い通りの形に変える力だ。人の目には、君が人間に見える。ただし──」
「他のスキルとは併用できない、だろ?」
トオルが先に言うと、アフロディオンは少し目を丸くしてから、また笑った。
「察しがいい。そう、君は幽霊だ。姿を変えても、本質は変わらない。何かに触れれば、すり抜ける。それだけは忘れないように」
「わかった」
光がトオルの霊体に流れ込んでくる。
温かく、柔らかく、泉の底から湧き出るような光だった。
頭の中に、静かな音が響く。
──《幽幻》を習得しました。
トオルは自分の手を見た。試しに力を込めてみる。
霊体の輪郭が、ゆっくりと変わっていく。靄のような体が、人の形を模して、肌の色を持ち、髪が生え、顔ができあがっていく。
リーゼロッテが、その顔を見て、わずかに息を呑んだ。
トオルは気づかなかった。
「……おお。これは」
ベリルが目を丸くして固まっている。アリアが口を両手で覆っていた。バッツが「すげえ……」と呟いた。
「どうだ? 人間に見えるか?」
「見える。普通に見える。むしろ……」
ベリルが言いかけて、口を閉じた。
「むしろ?」
「いや、なんでもない」
ベリルはそっぽを向いた。
アフロディオンがトオルの隣に並び、その顔をしみじみと眺めながら言った。
「百年前にも、同じようにスキルを授けようとした子がいてね」
トオルが振り向く。
「同じスキル?」
「いや──同じではないか」
アフロディオンは少し考えるように首を傾けた。
「その子に授けたのは《破幻の太刀》。幻を断ち、精神への干渉を払う剣術だ。君とは、随分と違う」
「……なんで、そいつには剣術を?」
「その子の戦い方に必要だったから。そして何より──」
アフロディオンは泉の水面に視線を落とした。
「美しい無垢な心で魔と戦おうとする子には、自分を守る力が必要だと思ったんだ。純粋すぎるのは、時として──脆さになるから」
静かな言葉だった。
何かを悔いるような、しかし口には出さない、そんな色が滲んでいた。
トオルはその言葉の意味を測りかねて、しばらく黙っていた。
「……その人は、今どこにいるんだ?」
問うと、アフロディオンは微笑んだ。
答えは、なかった。
ただ、その微笑みだけが返ってきた。
リーゼロッテが、静かにトオルの隣に立った。その横顔を、トオルはちらりと見た。
何か、言いたそうな顔をしていた。
しかしリーゼロッテも、何も言わなかった。
「さあ」
アフロディオンが明るい声に戻って、両手を叩いた。
「旅の続きがあるだろう。僕の泉に長居は無用だよ」
「……ああ。世話になった」
「またいつでもおいで。君たちなら歓迎するよ」
アフロディオンは泉の中心へと戻っていく。その背中に、トオルはもう一度だけ声をかけた。
「あの──その人に、もし会うことがあったら」
アフロディオンが振り返る。
「よくやってるって、伝えてくれ」
一瞬の間があった。
それからアフロディオンは、今日一番の笑みを浮かべた。
「──うん。伝えるよ」
小島の上で、美の英雄が静かに手を振った。
トオルたちは踊り子の泉を後にした。
森の出口まで戻ると、ガルデの戦士たちが荷物を纏めて待っていた。
カロンが御者台から手を振る。
「お疲れ様でした! 終わりましたね!」
「ああ。終わった」
ベリルが大きく伸びをしながら振り返った。
「俺たちはここまでだな、トオル」
「そうだな」
あっさりとした言葉のやり取りだった。しかしそれで十分だった。
「お前らはどっちへ行く?」
「南だ。でかい街で名を上げて、ガルデ村に錦の旗を持って帰る。それだけだ」
ベリルは清々しい顔でそう言った。迷いが一切ない顔だった。
「アリアたちも、それでいいんだな?」
「はい。ベリルさんについていきます」
アリアがにこりと笑う。バッツはすでに地図を広げて次の街を調べていた。
「トオルちゃん、リーゼさん。達者でね!」
カロンが馬車の準備をしながら手を振った。
「お前らもな」
リーゼロッテが短く言った。
「また会おうな!」
ベリルが大きく手を振る。
「ああ。絶対にな」
トオルも手を振り返した。
俺たちはもう、森の前で別れは済ませている。
これぐらいあっさりした方が、俺たちには合ってるよな。
馬車が走り出す。土埃が舞い上がる。やがてその姿が木々の向こうに消えた。
静かになった道に、トオルとリーゼロッテだけが残った。
しばらく、二人とも黙っていた。
「……行くか」
先に口を開いたのはリーゼロッテだった。
「ああ」
トオルは答えて、歩き出した。
次の目的地──旅人の辻へ。
二人並んで、道を往く。
トオルは試しに《幽幻》を解いた。人の姿が霧散して、また靄のような霊体に戻る。
それから、もう一度だけ振り返った。
木々の向こうに、踊り子の泉の白い光がかすかに見えた。
(無垢な心、か……)
アフロディオンの言葉が、まだ頭の隅に残っていた。
純粋すぎるのは、時として脆さになる。
それがどういう意味なのか、今はまだうまく掴めなかった。
──つづく──
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