見えない敵
──真実は、目に見えるものの中にあるとは限らない。
アフロディオンの言葉が、頭の中で反響し続けていた。
目に見えないもの。
見えない──。
(まさか)
トオルは迫ってくる魔力弾を転がって避けながら、思考を回した。
整理しろ。落ち着いて、整理しろ。
観察スキルが通らない。あのスキルはこれまで、ゴブリンにも、レイスにも、リッチにも、魔族のゴールにさえ通った。それが今、十数体全員に対して完全に空振りしている。
ホーリーライトが当たっても消えない。
ナイフが刺さっても手応えがない。
ベリルのヒートスラッシュも、当たった瞬間に一体が消えてまた別の一体が現れた。
全部、同じ答えに繋がっていないか。
(本体が、最初からこの中にいないとしたら)
観察スキルが通らないのは、見るべき対象がそこにないから。
ホーリーライトが効かないのは、実体がないから。
ナイフに手応えがないのは、刺すべき肉体がないから。
全部が幻影で、本物は──
(最初から、見えないところにいる)
確信が、腹の底から湧き上がってきた。
透明化だ。
ゼルの本体は透明化して、この場のどこかに潜んでいる。分身を囮にして攻撃しながら、自分は姿を隠したまま高みの見物を決め込んでいる。
だとすれば、全てに説明がつく。
問題は──どこにいるかだ。
トオルは自分のスキルを思い返した。
透明化。かつて囁きの森で、人間の傭兵たちを翻弄したあの夜。暗闇の中で姿を消して、連中の背後に回り込んで、ダークボールを叩き込んだ。
あのとき、自分はどう動いていたか。
透明になると、気配が消える。足音が消える。魔力の波紋が消える。ほとんど完全に、存在を隠せる。
しかし。
完全には、消えない瞬間があった。
攻撃する直前だ。
魔力を練り上げる瞬間、どれだけ抑えようとしても、わずかに気配が滲み出る。意識を集中していなければ気づかない程度の、本当にかすかな揺らぎ。
でも──あの夜、自分はその揺らぎに気づかれなかった。相手が気づかなかっただけで、揺らぎそのものは確かにあったはずだ。
(意識を向ければ、掴める)
トオルは目を閉じた。
周囲の喧騒を、全部遮断する。
ゼルの分身たちの嗤い声。四方から降り注ぐ魔力弾の轟音。ベリルの怒声。アリアの詠唱。リーゼロッテの鎧が鳴る音。バッツの素早い足音。
全部、ノイズだ。
全部、捨てる。
その奥の奥。
泉の空気の中に、静かに意識を沈めていく。
──ある。
わずかな、魔力の揺らぎ。
分身たちが放つ派手な魔力とはまるで質の違う、息を潜めるように小さな気配。しかし確かにそこにある。生きていて、動いていて、次の攻撃を今まさに準備しようとしている。
泉の右岸。およそ三メートルの空間。
そこに、本物がいる。
(捕まえた)
トオルは目を開けた。
同時に、全身に力が満ちるのを感じた。
「リーゼロッテ」
静かに、しかしはっきりと呼んだ。
「わかった」
リーゼロッテの返事は、それだけだった。言葉の意味を全部理解した上での、短い返事だった。
トオルは息を吸い込んだ。
「全員──右の泉岸、三メートル! 今だ!」
その瞬間、全員が動いた。
リーゼロッテが真っ先に跳んだ。
首なし騎士の巨体が、音もなく宙を舞う。透明な虚空、トオルが指定した一点めがけて、全体重を乗せたドロップキックを叩き込む。
ドゴッ。
鈍く、しかし確かな手応えの音がした。
「なっ──」
ゼルの声が、初めて動揺した。
分身たちの動きが、ほんの一瞬、止まった。
その輪郭が、揺れ始めていた。
──つづく──
1日2本ペースで進めたいなぁ〜〜




