幻惑
ほんっとーにお待たせしてすみません。
まだ読んでくれる方はいらっしゃるのか…
とりあえず完結まで頑張ります。
赤黒い魔力が、ゼルの掌の中で渦を巻いた。
その瞳が、ゆっくりとトオルたちを舐め回すように動く。
「さぁ──始めましょうか」
次の瞬間だった。
ゼルの輪郭が、揺れた。
まるで水面に映った像が波紋で歪むように、その姿がぶれ、滲み、そして──
増えた。
一人が二人になり、二人が四人になり、気づいたときには泉の周囲をぐるりと十数体のゼルが取り囲んでいた。全員が同じ笑みを浮かべ、同じ目でこちらを見ている。全員が、同じ赤黒い魔力を掌に宿している。
「どれが本物か、当ててみる?」
十数の口が、ぴたりと揃った声で言った。
ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
(まずい)
トオルは素早く観察スキルを走らせた。
一体目──何も映らない。二体目──何も映らない。三体目、四体目、五体目──どれも同じだ。ステータス表示が一切出てこない。まるでそこに何もいないかのように、スキルが完全に空振りしている。
(観察が通らない。どういうことだ)
「くっ……!」
ベリルが剣を抜いて構え、周囲を素早く見渡した。
「全部同じだ。気配も、魔力の質も……どれも変わらない」
「ベリルさん、私がホーリーライトを──」
「やってみてくれ、アリア」
アリアが呪文を唱え、白い光を放った。選んだのは最も近くにいる一体。光が直撃した。
しかし。
「あら。それ、効かないわよ」
直撃を受けたゼルは何事もなかったように笑い、首を傾けた。
「私の幻影は、そんなやわなものじゃないもの」
幻影。
トオルはその言葉を頭の中で繰り返した。
分身、コピー、幻影──とにかくどれが本物かわからない状況で、相手は動き出そうとしている。
「散開する! 固まるな!」
ベリルが叫んだ瞬間、十数体が一斉に動いた。
赤黒い魔力の塊が、四方八方から雨のように降り注いでくる。
「うわっ──」
トオルは咄嗟に横へ転がった。地面を抉る轟音が耳をつんざく。転がった先でもう一発が飛んでくる。
(速い──!)
霊体であることが幸いして、直撃を避けた弾は体をすり抜けた。しかし掠めた衝撃だけで、肺の奥に鈍い痛みが走った。物理無効でも、魔力系の攻撃は別だ。まともに食らえばただでは済まない。
リーゼロッテが鎧を鳴らしながら三体分の攻撃を正面から受け止め、舌打ちした。
「硬い。手応えがない」
「バッツ、探れるか!」
「やってみます!」
バッツが影に溶けるように動き、背後から一体にナイフを叩き込んだ。刃が体を貫く感触──しかし手応えがない。ナイフは空を切ったような感覚だけを残して止まった。
「……駄目だ。刺さった感じがしない」
バッツが苦い顔で下がってくる。
ゼルたちは笑っていた。全員が、揃って笑っていた。
「ねぇ、楽しい? 私はとっても楽しいわよ」
「どれだけ賢くても──」
「どれだけ強くても──」
「私の前じゃあ、みんな迷子になるの」
声が四方八方から重なり合う。どこから来ているのかわからない。反響しているのか、それとも全員が本当に同時に喋っているのか。
もう一波の攻撃が来た。
今度は数が多かった。
「っ──」
トオルは三発を避け、一発を受けた。肩口に直撃した衝撃が、霊体の中に鋭く響く。痛い、というより、存在が軋む感覚だった。
(これを続けていたら、じわじわ削られる)
リーゼロッテは自動修復があるとはいえ、受け続ければ限界が来る。アリアがヒールをかけながら必死に動いているが、追いつくかどうか。
ベリルがヒートスラッシュを放った。炎の斬撃が一体を捉えた。しかし──
「あら、当たっちゃった。でも惜しかったわね」
笑いながら、その一体が炎ごと消えた。また新しい一体が隣から現れる。
総数は変わっていない。
(本体を倒さない限り、終わらない)
トオルは歯を食いしばった。
観察スキルは通らない。攻撃は手応えがない。ホーリーライトも効かない。ナイフも通らない。
本体はどこにいる。
十数体の中のどれかのはずだ──いや、待て。
トオルは一瞬、思考を止めた。
本当に、この中にいるのか?
観察スキルが一切通らない理由。ホーリーライトが当たっても消えない理由。ナイフに手応えがない理由。
全部、同じ答えに繋がっていないか。
(もしも──本体が、この中に最初からいないとしたら)
その考えが頭をよぎった瞬間、またゼルの一体がトオルに向かって魔力を放った。
避けながら、トオルは叫んだ。
「アフロディオン! ヒントをくれ! 本体がどこにいるのか、俺には──」
「ふふ」
泉の中心、小島の上に立つアフロディオンが、静かに目を細めた。それまでじっと腕を組んで戦況を見守っていた美の英雄が、ゆっくりとトオルに視線を向ける。
そして。
「──真実は、目に見えるものの中にあるとは限らない」
それだけだった。
ただそれだけを言って、アフロディオンは再び黙った。
周囲ではまだゼルの分身たちが嗤っている。攻撃が続いている。仲間たちが必死に凌いでいる。
その喧騒の中で、トオルだけがその言葉を頭の中で転がし続けた。
真実は、目に見えるものの中にあるとは限らない。
目に見えるもの。
目に見えないもの。
見えない──。
「…………あ」
声が、漏れた。
全身に、鳥肌が立った。霊体に鳥肌などないはずなのに、そう表現するしかない感覚が、足元から頭の先まで一気に駆け上がった。
(まさか──)
答えの輪郭が、見え始めていた。
──つづく──
1日1話書けたら良いけど…どうかな…




