踊り子の泉
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霧の濃い森を抜けた先に、それはあった。
木々がぱたりと途切れ、視界が一気に開ける。
そこには──澄み切った泉。
踊り子の泉と呼ばれるその場所は、静寂と神秘に包まれていた。
「……ここが、最奥か」
ベリルが呟く。誰もがその美しさに言葉を失い、ただ息を呑んでいた。
白く淡い光が泉の水面から立ち上り、幻想的な光景を作り出している。
そして──泉の中心、蓮の葉のような小島に、ひとりの男が立っていた。
美しい男だった。金髪碧眼の整った顔立ち。
全身に蔦を巻きつけ、ほとんど裸同然の姿。それなのに、どこか神々しさを感じさせる。
「ようこそ。僕の泉へ」
彼は口元に微笑みを浮かべてそう言った。
「美の英雄、アフロディオンか……」
トオルがぽつりと呟く。
「うん。その名の通り、僕は美の化身。踊り子の泉を守る者。そして、君たちに試練を課す者でもある」
アフロディオンが両手を広げると、泉の水面がさざ波を立てた。
「君たちは見事、幻影の森を抜けてここに辿り着いた。それだけでも大したものさ。だけど──最後の試練は、もっと厳しいよ」
アフロディオンがそう言いかけたときだった。
ピシッ、と空気が裂けるような音がした。
泉の上空、虚空がひび割れたかのように黒く染まり、その裂け目から何かが現れた。
──艶めかしいハイヒール。
まず、それが音を立てて着地した。
続いて、ゆっくりと姿を現したのは、曲線美に満ちた女性の魔族だった。
艶やかな黒髪に赤と紫の混ざった衣装、妖艶な瞳、そして妙に落ち着き払った笑み。
「やぁねぇ……男の裸ばっかりで、退屈してたのよ」
その女が、挑発するようにウインクしてみせる。
「魔族……!」
ベリルが剣を抜く。アリアも呪文の準備を始めていた。
アフロディオンが静かに呟く。
「……色欲のゼル、か。ずいぶんと面倒な相手が出てきたものだ」
トオルが一歩前に出る。
「アフロディオン! 最後の試練ってやつ、こいつの討伐に変更ってことでいいんだな?」
「ふふ……察しがいいじゃないか、幽霊くん」
アフロディオンは頷いた。
「僕が用意していた最後の試練より、ずっと厄介で美しくて、愉快で危険な相手がやってきた。……なら、これこそがふさわしい試練だ」
ゼルはゆっくりと歩き出す。
その一歩ごとに、周囲の空気が熱を帯びていく。
「貴方たちがどんなに美しく、どんなに真剣でも──私の欲望の前じゃ無力なのよ」
笑みを浮かべながら、ゼルは手をかざす。
その掌に、赤黒い魔力が渦巻いていた。
対峙するトオルたち。
決戦の気配が、泉の静寂を切り裂いた。
──つづく──
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