囁く巨木のグリゴロ
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──何かが、近くにいる。
森の空気が変わった。冷たく、重く、ひどく静かで、耳鳴りのように「無音」が響いていた。
「……これは」
トオルは木々の合間でふわりと浮かび、進むのを止めた。
この気配、魔物とも人間とも違う。だが確かに“何か”がいる。しかも──とてつもなく大きな存在が。
森を進んでいくと、霧が少し晴れた。視界の奥に、巨木が現れる。
「……でかっ……!」
それはただの木ではなかった。いや、木であることに違いはないのだが──
あまりにも太く、あまりにも根深く、そして何より、あまりにも“顔”をしていた。
(……ただのトレントじゃない。でかすぎる……もしかして、森の主か?)
幹に浮かぶ顔のような凹凸、風が吹けば枝葉がざわめき、何かが語りかけてくるようだった。
──そのとき。
《…………キミは……魔物か、それとも……迷える魂か……》
脳の奥に、直接響くような声が届いた。
「う……うわっ!? 脳内ボイス……!?」
思わず後退しそうになったが、火の玉に足はない。ぐらりと揺れて浮いたまま、トオルはその場にとどまる。
見上げるその巨木は、まさに森そのもの。存在しているだけで、周囲を支配しているような気配がある。
《……囁く巨木……この森を守るもの……わたしの名は……グリゴロ……》
その声音は柔らかく、それでいて重々しく、木の年輪のように幾重にも積もった“時”を感じさせた。
「お前が……この森の長老か」
《……久しい……魔物と話すのは……いや……キミは……ただの魔物ではない……なつかしい……気配……》
(なつかしい? 俺が?)
ふと、胸の奥にざわりと何かがよぎった。だが、それが何かは分からない。
「今の俺は“しつこいトオル”。ただの火の玉だよ」
グリゴロの枝がわずかに揺れ、葉がさやさやと囁く。
《……その名、大切に……名を持つ者は……まっすぐだ》
(この森の樹……なんか、いいやつかもしれない)
トオルは少しだけ距離を詰めた。グリゴロは敵意を持っていない。それは確かだった。
《……キミは……なぜ、この森に?》
「通りすがりだよ。だけど──なんとなく、この森……人の匂いがする。気のせいじゃなきゃいいけど」
《……“静かの源泉”……それを、奪おうとする者が……まもなく、この森へ……》
「静かの源泉?」
《……森の最奥……静寂と魔力の泉……それが……我らの命の根……》
森の命の根──それを奪おうとしているのが、人間なのか。
「……だったら」
トオルはすうっと目を細めた。目はないけど。
「共闘ってのも……ありかもしれないな」
《……よい……ならば……願いがある……》
その言葉とともに、グリゴロの周囲の木々から、フォレストウルフが一匹、また一匹と現れた。
(……なるほど、“森の軍勢”ってことか)
《……トオルよ……森の声を……ともに守ってはくれぬか》
「……承った、長老」
火の玉と巨木。まるで世界の端と端みたいな存在が、共に戦う。
森の静けさの中で、新たな戦いの準備が、静かに始まりつつあった──。
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