狂乱の酒宴
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最初に気づいたのは、音だった。
ズン、ズン、ズン。
地面の底から響いてくるような低い振動。森の木々が、微かに揺れている。
「……何か聞こえるな」
「うん」
リーゼロッテが前を向いたまま答えた。
三人で、足を止めずに進む。
ズン、ズン、ズン。
次第に、別の音が混じり始めた。歓声。笑い声。何かが弾ける音。楽器の音。それらが折り重なって、遠くからでも波のように押し寄せてくる。
木々の合間から、明かりが漏れ始めた。
焚き火ではない。もっと広い、もっと賑やかな光だ。オレンジ色が、木の幹を照らしている。
「あっちだ」
三人で、明かりに向かって進んだ。
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森が、唐突に途切れた。
一歩踏み出した瞬間、視界が広がった。
人だった。
人、人、人、魔物、人、魔物、魔物、人——どこまでも続いている。タラリアと同じくらいの広さの空間に、ありとあらゆる者たちがひしめき合っていた。
屋台が並んでいる。串焼きを頬張りながら笑う人間の隣で、ゴブリンが酒の樽に顔を突っ込んでいる。芸人が火を吹いていて、その周りで子供と魔物が一緒になって歓声を上げている。楽器を演奏する者、踊り狂う者、地面に寝転がって空を見上げている者。
コボルトが人間の肩を組んで歌っていた。
オークが屋台の主人と値段交渉していた。
「……なんだこれは」
俺は思わず呟いた。
「百年続いてるって、こういうことか」
リーゼロッテが静かに言った。
ニッグが「ニ……グ」と言った。
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喧騒の中心に、それはあった。
巨大な切り株だった。ステージのように、周囲より一段高くなっている。その根本が、一際盛り上がっていて、周りの群衆が特に激しく騒いでいた。
「きっとあそこにディオネイアがいるはず」
リーゼロッテが言った。
「行くか」
三人で、人混みの中に踏み込んだ。
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最初に気づいたのは、空気だった。
甘くて重い匂い。酒と果物が混ざったような、どこか心地いい匂いが、空気ごと全身に染み込んでくる。
(……ふわっとする)
気のせいかと思ったが、もう一歩踏み込むと、またふわっとした。
気のせいじゃなかった。
「リズ、なんか頭が軽くないか」
「え? そう? でもなんか……楽しくない? なんかこう……ふふ……」
(あ、もう来てる)
俺も人のことは言えない。足元がふわふわする。周りの歓声が、なんだか心地よく聞こえてくる。まあいいか、という気分が、じわじわと広がってくる。
(まあいいか、じゃない)
「リズ、しっかりしろ、目的を……」
「してるしてる! ねえトオル、あの屋台、なんか美味しそうじゃない?」
「食えないだろ俺たち」
「そうだった! あははは!」
(会話が噛み合ってない)
群衆の波が、ざぶんと押し寄せてきた。踊り狂う者たちが、こちらの存在など気にも留めずにぶつかってくる。右から、左から、後ろから。
「ちょ、待て——」
「わあ! なにこれ! 楽しい!!」
「楽しくない!!」
ざぶん、ざぶん、と人波が押し寄せる。リーゼロッテが揉みくちゃにされながら、楽しそうに鎧を揺らしている。
「リズ! リズ!!」
呼んでも返事がない。
鎧の背中が、踊り狂う群衆の中に飲み込まれていく。
「リーゼロッテ!!」
消えた。
俺は人波の中で、一人になった。
(何が起きてるんだ!?!?)
頭がふわふわする。周りが賑やかすぎて、何も考えられない。リズはどこだ。ニッグはどこだ。切り株のステージはどっちだ。
何もかもがごちゃごちゃで、何もかもがどうでもいいような気がしてくる。
(どうでもよくない! どうでもよくないぞ!!)
分かってはいるのに、足が止まる。
その時。
肩を、ポンと叩かれた。
振り返った。
ニッグが、いた。
いつものぎしぎしとした動きが、消えていた。背筋がしゃんと伸びている。濁った眼が、澄んでいる。そして——爽やかに、微笑んでいた。
「トオル嬢」
聞いたことのない声だった。
低くて、落ち着いていて、どこか懐かしいような声だった。
「ようやく、自己紹介ができる」
ニッグが、胸に手を当てた。
「私の名はザカリアス・ネメシウス・インノケンティウス」
一拍。
「さる王国の、聖騎士団長だった男だ」
──つづく──
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