9.異世界における貨物・旅客輸送業者の生活3
――航空日誌より、報告事項抜粋
航空協会歴212年 中間期 18日
貨客島 Æ
1130 緊急事態により航空上の必要のため貨物を開封。
1200 物資補給を目的として『魔術:食料を呼び寄せる』を実行。
アクシデントにより大陸民1名が搭乗したが、無事物資補給に成功。
1330 空賊の襲撃。迎撃するも島体、シマヌシの両方が負傷。
敵シマヌシを除く空賊(大陸民)全滅により空賊は撤退。
1800 搭乗した大陸民に事情を説明し、物資提供に関する協力を取り付けた。
以降この大陸民を協力者とし、『酒造池』まで搭乗させる予定。
***
ある日の13時過ぎ、アッシュの部屋。
部屋の主はベッドの上で上体を起こし、薄い金板を抱え込んでいた。
板のサイズはA4の画用紙サイズ程度で、その表面は定まらずに常に細かく波打っている。
まるで、今は無きアナログ放送のテレビ画面に映る砂嵐の様だった。
「まあ見てなさいよ、今に映るから」
そう言いながらもその視線はこちらを向かず、金板の表面に注がれていた。
昨日も全く同じセリフを繰り返していた点を指摘するのは野暮だろうか。
ベッドの隣に椅子を並べ、交換したばかりのガーゼを畳みながらその金板をのぞき込む。
無言で見つめること数秒。
やがて、金板の表面の波が収束し、驚くべきことに映像が映し出された。
それはどことなく米国のアニメを彷彿とさせる猫のキャラクターの顔だった。
「おお、〇ィズニー!?」
「ディズ……何? いや、これはアニメ放送と言って、絵を動かして作った物語を電波で飛ばして放送しているものよ」
「モノクロか。カラー放送は無いんだな」
「うん? 金板の凹凸で絵を表現してるのに、どうやって他の色が出るのよ」
説明してくれながらもアッシュは金板の表面を何度か指で叩く。
するとチャンネルが切り替わり、やがて地図の前に立ち喋っている女性の姿が現れた。
ニュース、いや天気予報の類か。
異世界のお天気お姉さんは色の薄そうなワンピースに濃い色のケープを羽織り、前で結んだ衣装を着ていた。
色使いは解らないが、ケープに入ったラインがセーラー服をイメージさせる。
女学生ではなく、本来の水兵の衣装の方に近いだろうか。
「音声出すからちょっと待ってなさい」
そう言うと、アッシュはベッドから降りてデスクの引き出しを漁り始めた。
やがて出てきたのは木箱の上に銀のラッパのようなスピーカーのついたアイテム。
どこかアンティーク染みた印象を受けるその外見は、地球でいうところの蓄音機である。
それに伸ばした金線を繋ぐと暫くノイズのような雑音が出ていたが、やがて意味のある言葉に収束した。
『……8番航路、13番航路、レ-中羊間航路は全域晴天。大牛島付近は高度により霧、小雨となります。続きましては……』
それは、産まれて初めて聞いた異世界の天気番組だった。
アッシュはガッツポーズを取り、得意げな顔で微笑んていた。
***
「とりあえず補給地点までは天候の問題は無さそうね。そこから先は嵐が起きるかもしれないけど、大きく回り込めば回避もできるでしょう」
「俺の食料も結構減ってるが、日程的にはどのくらい?」
「補給地点までは2日、そこから航路で7日ってところね」
「OK、食料面の問題は無さそうだ」
一通りの天気予報を聞き終えたアッシュは日誌を取り出し、内容を確認し始めた。
どうやら報告書の作成のようで、指を動かすと殆ど読めない文字が金板上に次々と入力されていく。
「送信っと。……とりあえず報告だけ送ったわ」
「便利だな。アンテナも無いこの『島』の、どこから送受信しているのかは知らないが」
「どこって……、『島』からに決まっているじゃない。むしろ他にどこから発信できるのよ?」
わりと万能の謎物体『島』であった。
不思議そうに見返してくるアッシュ。
説明してやりたいが、あいにく俺はただの中学生である。
電磁波の仕組みも殆ど理解できてないので、概要を説明するに留まった。
「ふーん、変なの。一つの『大陸』の中で無線通信なんて使う必要無いじゃない」
「そんなもんかな」
最大限の努力をした俺の説明を聞いてからの、アッシュの感想がそれだった。
移動しながらの通話の便利さとかインターネットといった発想は無さそうである。
無理もない。
この世界は現代日本に近いレベルで技術が発達しているように見えるが、技術の中心部分を『島』というよくわからない物体が担っていることが多いのだ。
シマヌシであるアッシュの元を離れた時、どのような生活が待っているのだろうか。
「この世界で、『大陸』の人々がどんな暮らしをしているのか分かる番組とかないか」
そう聞くと、何故かアッシュは目線を逸らした。
何か問題でもあるのだろうか。
「ええと……、今の時間はやってないかな。もう少し後の夕食時ならドラマが始まるかも」
「そうか。さっきのアニメでもいいんだが」
そう言うと、ブンブンと首を振りながら断られた。
「あれは流石に子供向けだから! あれを見て一般的な『大陸』の生活を想像されても困るのよ!」
「そうか。それなら仕方が無いな」
そう答えながらも、アッシュが何から目線を逸らしたかは見当がついていた。
ベッドの傍、壁際にごちゃまぜに置かれたファンシーグッズの人形の一つ。
それは、先程金板に映ったキャラクターのぬいぐるみだった。
似たようなデザインの別のぬいぐるみも幾つか存在している。
「子供向けか。それなら仕方が無いな」
「そ、そうよ! 生活の参考にはならないの!!」
「内容も安っぽい子供だましみたいだろうしな」
「いや、そうとも限らないんだけどね?」
見られたくないのか見て欲しいのかどっちだ。
俺も好きなものを他人に紹介するのが何か気恥ずかしいのは非常によく分かるのだが。
ゲームとか漫画とかアニメとか映画とか大好きだし。
最初にあのチャンネルに合わせてあったという事は、毎日か毎週か、よく見ていたのだろう。
ふうん、と言いながらジロジロと人形を眺めていると、アッシュの顔が徐々に赤くなってきた。
ベッド越しに手を伸ばし、猫の人形を一つ借りる。
「ボクは子供向けかニャン?」
「デイビットはそんなこと言わないし、勝手に触るな!」
「やっぱり好きなんじゃないか。別に子供っぽいとか、俺は思わないぞ?」
「う る さ い!!!」
結局顔を真っ赤にしたアッシュに怒られ、その日は夕食まで口をきいてもらえなかった。
※他人の人形を勝手に触るのはNG




