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10.異世界における貨物・旅客輸送業者の生活4

 とある『大陸』、黒猫島のお話だ。

 悪人の陰謀によって両親を奪われた黒猫の少年デイビット。

 幼くして何もかもを失った彼は、小さな孤児院に引き取られて少年時代を送るのだ。

 貧しい食事、孤児院から金を巻き上げようとするチンピラ、孤児に対する冷たい目。

 そういったものに抗いながらも大きく成長した彼は、両親の復讐のため、そして孤児院の仲間達を守るために刑事となった。

 黒猫島の平和のため危険をものともせず、窓から窓へ、尖塔から地の底の秘密工場へ。

 何層にも集合住宅と商業ビルが重なり、歪み広がったかのような『大陸』の構造物の内外を、猫の身軽さとワイヤーアクションを伴った激しい動きで駆け巡るのだ。


『ミケ課長! 一体なぜここに!?』

『悪いなデイビット。大人しくしていてくれれば命まではとらなかったのだが』


 暗色の外套(マント)に身を包んだミケ課長が腰に下げた軍刀(サーベル)をすらりと抜き、構える。

 反りの入ったその刃には、巨大な構造物の中でもいかがわしい一区画、安っぽいネオンサインの点滅する夜の歓楽街の光が煌めいていた。


『どうして! なぜ貴方が十年以上前の一事件の犯人を庇う必要があるんですか!』

『世の中には表に出してはならない事実というものもあるのだ。……それに、まんざら私に無関係な事件というわけでもない』

『どういうことだ! ……まさかその傷は!!』

『抜け。お喋りはここまでd』「このミケ課長はデイビットの尊敬する敏腕上司なんだけど、前回ラストで十年以上前に幼いデイビットが巻き込まれた事件から彼を救い出した恩人であることが判明したの。それで気を許してずっと一人で捜査していた事件の情報を喋ってしまったんだけど、そこから『大陸』の王族が……、ムグッ」


 とりあえず壊れたスピーカーみたいに早口で設定を垂れ流している隣の奴を黙らせる。

 シリアスなシーンなんだから、静かに鑑賞したい。

 口を抑えられたアッシュは目を白黒させて憤慨していたが、やがて静かに落ち着いた。

 サーベルと刀を構えた二人の猫のシルエットが交錯するところで今話のシメである。


「結構面白かったな」

「はあ!? 設定を完全に理解しないまま観て面白かったって、何それ! 一番腹立つ!」

「いや、途中からでも大体見てれば分かってくるし」

「『大体』じゃ勿体ないのよ! 知っていれば気付ける伏線だって一杯あるのに! 勿体ない……」


 絵に描いたような厄介なファンであった。


 ***


 ある日の15時過ぎ、アッシュの部屋。

 俺達は『黒猫刑事デイビット』の放送時間に合わせ、観賞会を開いていた。

 ベッドと椅子、二人の定位置になってきたポジションにそれぞれ陣取り、オレンジジュースを満たした木のカップをそれぞれ持っている。

 昨日はほぼA4サイズであった金板をアッシュに頼んで金を追加、拡大してもらい、部屋の壁にフックで吊り下げて壁掛けテレビのような形状にしていた。

 前に座ったアッシュの右手がその長方形の角の一つに触れており、別の角から線が伸びてスピーカーが繋がっている。

 時々右手と左手を交代しているが映像に乱れはない。

 どうやら、理屈はわからないがシマヌシの身体の一部分が触れていれば映像は問題なく金板に映るようだった。


「とにかくこの壁掛け方式が使えることが分かったのは良かったよ」

「そうね、ちょっと疲れるけど正直感心したわ」


 左右の手首を伸ばしながらも面白そうに答えるアッシュ。

 何か難しい作業に挑戦しているようで刺激になったようだ。


「大体いつも自分の手元で操作してるから、他人に映像見せる時にどうしたらいいかなんて考えたことなかった」

「そうなのか? 乗客とか組合の人とかに会う事はあるだろう」

「精々が電波越しに会話する程度で、顔を合わすのは物品の配達屋だけよ。乗客になんて『島』に乗る時と降りるときに挨拶する程度」


 引きこもり気味なのか。

 いや、『島』から出ないという意味では間違いなく引きこもりだ。

 この世界に来た次の日以来、俺は彼女のパジャマ姿しか見ていない。

 てっきり怪我で具合が悪いせいかと最初は考えていたが、流石に数日経つと普段の生活態度にも想像がついてきた。

 腹の傷は黄金の細い糸で縫われており、もう殆ど出血もしない。

 たまに食事に出てきたり外で空模様を眺めたりもするが、ほぼ一日中ベッドの上で本や金板を片手にゴロゴロするその姿は堂々とし過ぎている。

 病人を見舞いに行ったときに感じる、あの『休んでいるけどやることなくてヒマだ』という雰囲気がかけらも無いのだ。


「よくそんなんで仕事が回るな」

「シマヌシはみんなそうよ。だいたい、殆どの組合員はシマヌシでいろんな空域に散っているんだから、『大陸』で勤務している組合員も一々顔を合わすなんて面倒臭くてたまらないでしょう」


 それもそうか、と納得した。

 どんな仕事場にも、そこの流儀というものがあるのだろう。

 俺だってバイト程度しかした事のない中学生だ。

 働いている(しかもおそらく年下の)他人を、とやかく言える筋合いはないだろう。


「大体そういうタイチは元の『大陸』で何をしていたのよ?」

「うっ、学生です」


 日本では何一つ恥じることのない身の上だった筈なのに、何故か心が痛い。

 目の前の引きこもり労働者様が眩しく見えるのは、形を変えてズルズルとパジャマの袖口に収まっていく金の輝きによるものだけでもないだろう。


「いや、何を居心地悪そうにしてんのよ。大陸民でも学生なら一杯いるわよ?」

「ああ良かった。てっきりアッシュくらいの年頃の子が皆働いてるのかと」

「流石にそんなのは『黒猫刑事デイビット』の中だけよ。私だってシマヌシになってなければ働いたりしてないし」


 ――そしてシマヌシになってなければ、もっと知り合いを増やしたり学生生活を満喫したり。


「……そうか」


 そんなデイビットのぬいぐるみを見つめるアッシュの目の焦点は、どこかもっと遠いところに合っていた気がするのだった。


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