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カスターム平原の会戦

「レイリア、待ちなさい」


「止めても無駄ですよ、父上。これ以上、後手に回ればいずれ湖水地方も陥落しますわ。帝都へ進軍します」


「帝都へ撃って出ることに反対はせぬ。その前にやるべきことがあるのではないか」


「いったい何です? まさか、この期に及んで麦の計算でもせよと?」


「そんなところだよ。南のモンブランを封じたのは上出来だ。しかし、もうひとつ、やるべきことがある。それは、西方のカスターム」


「わかっております。でも、カスタームより早く帝都へ行き、彼らが来るまでに決着をつければよいことです」


「出来るのならな。だが、帝都は今のままでは簡単に落ちはせぬ。いいか、レイリア。帝都へ経済封鎖を行う。海からの物資は私が止める。だが、陸路はカスターム伯爵を倒し街道を押さえるしかない」


「カスターム伯爵を討てと?」


     ◇


帝国の西方に広がる大平原は、夜の闇を抱きかかえたまま静寂に包まれていた。


西端に位置する辺境カスターム。

そこは帝国西方の要衝であり、海からの物資が集う血脈でもある。ここを封鎖し、カスターム伯爵の支配下にある港湾都市から帝都へと続く主要街道を完璧に押さえること――それが、反ライオス派として立ち上がったレーク侯爵軍に課された絶対の命題であった。

この一本の道を断つことができれば、帝都の首を絞め上げ、新皇帝ライオス陣営に致命的な打撃を与えることができる。



「皆、聴け!」


凛とした声が、夜の静寂を切り裂いた。

レーク軍の先頭に立つのは、姫騎士レイリア。白馬・ミルキーウェイの背に跨がり、バスタードソードを携えた彼女の瞳は、暗闇のなかでも碧色の輝きを失っていなかった。

彼女は集った騎士や兵士たちを見渡し、短く、しかし熱を込めて語りかける。


「この街道を制した者が、帝国の未来を制する。私たちの剣は、奪われた真実と平和を取り戻すためにある!」


確固たる意志に満ちたその言葉は、兵士たちの胸に火をつけた。

陣営には独特の緊張感が漂い始める。


騎士たちは無言のまま愛馬のたてがみを撫で、手綱の結び目を確かめ、剣や槍の身を磨き上げた。弓兵は弦の張りを確かめ、傭兵たちはニヒルな笑みを浮かべながら刃を研ぐ。


誰もが知っていた。これがただの前哨戦ではないことを。自分たちのすべてをぶつけ合う、決戦の夜明けが近づいていることを。


夜更け。

レーク軍は大平原に向けて静かに出陣した。


馬の鼻息と鎧の擦れ合う音だけが響く漆黒の行軍。

やがて、果てしない地平線の彼方が薄桃色に染まり始め、黄金色の朝日がゆっくりと大平原を照らし出していった。


後に「大平原の会戦」と語り継がれることになる、歴史上最後にして最大規模の騎士団同士の激突。その火蓋が、いま落とされようとしていた。



             ◇


「カスターム伯爵め、大した陣形だな。本陣を囲んで、三方向に自慢の弓兵団、それを守るように長槍兵団(ファランクス)たちが居る」


平原の向こうに展開するカスターム軍の弓兵団は、一糸乱れぬ美しい陣形を組み、どこまでも広い平原という地形を巧みに利用して地の利を得ていた。

朝日を浴びて鈍く光る無数の槍衾(やりぶすま)と整然たる盾列が、逃げ場のない平原に重苦しい威圧感を放っている。


「よくわかるな」

アルティスが感心したように呟くと、レイリアは視線を上空に向けた。


青灰色のムクドリが一羽、風に乗って鋭く旋回している。アギルが上空から戦場を俯瞰し、念話で伝えてきたのだ。


「なるほど……良い仕事をしやがる。問題は、あのファランクスか。どうするつもりだ?」


「わが軍の主力は、しょせん領民の寄せ集めだ。昨日まで鍬を振るっていた者たちが大勢いる。無謀に距離を詰めれば、ただすり潰されるだけだ」


「レイリア? まさか、戦わせない気か」


「立っていてくれるだけでも役に立つ。遠くから見れば、誰が農民で誰が歴戦の騎士かなど見分けがつくものか。ほら、見るがいい。ああして揃いの鎧を着て槍を立てていれば、堂々たる大軍に見えるから不思議なものだろう」

ふっと不敵に笑うレイリアに、アルティスも肩をすくめて口元を緩めた。

「お前らしい作戦だ。いいだろ、俺が突撃すればいいか?」


「まだ、その時ではない。ユリウスがいる。あいつの率いる『聖堂騎士団』は戦争のプロだ。必ず突破口を切り拓いてくれる。今、私にできることは開戦の合図くらいだな。――行くぞ」


レイリアが白銀の手甲に包まれた右手を天高く突き上げた。


「騎士団、前進――!!」


その瞬間、開戦の銅鑼が大地を震わせて鳴り響いた。



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