さらば、若獅子。レオンハルト"追放"される。
「申し訳ありません」
レオンハルトは片膝をついたまま、深く息を吐き出した。
甲冑の継ぎ目から染み出す肉脂と焦げた革の臭いが、玉座の間に漂う。
背後に控える騎兵団員たちの粗い呼吸と、金属が擦れ合うかすかな音が、広大な謁見の間に歪な振動を生んでいた。
「姿を見るも億劫だ、レオンハルトよ」
頭上高く、純金で作られた玉座から見下ろす声には、怒りすら含まれていなかった。
ただの冷淡さだ。
皇帝ライオスは、紫のビロードに覆われた肘掛けに頬杖をつき、怠惰に視線を投げていた。
「女になったレナースなぞに敗北し、這うようにして逃げ戻ったか。我が血を引く者が、泥を啜って帰還する姿など見たくもなかったぞ」
「父上、いえ、……陛下。湖水地方の敵は巧妙で、我が補給線も断絶しておりました」
レオンハルトは声を張らなかった。割れた胸甲の隙間から、肋骨を刺す痛みが走る。
「我が騎兵団は三日三晩、食料も水もなく、ようやく帝都へたどり……」
「弁明を聞く耳など持たん」
ライオスが軽く手を振ると、玉座の脇を囲む重厚な刺繍の帳がゆっくりと開いた。
絹の擦れる優雅な音とともに、数人の女性たちが姿を現す。
彼女たちは一様に、繊細なレースで縁取られた柔らかいおくるみを大切そうに抱いていた。甘い乳の匂いと、生まれたての生命が放つ微熱が、戦場帰りの男たちの殺伐とした空気に割り込んでくる。
おくるみの隙間から見えたのは、小さな、赤く湿った手だった。
「これを見ろ」
ライオスは喉の奥で低く笑った。
「私の幼き宝たちだ。お前が湖水地方で泥に塗れている間にも、我が血脈は豊かに芽吹いている」
側室の一人が、うやうやしくおくるみをライオスへと差し出す。皇帝はその小さな顔を指の背で愛でながら、レオンハルトへ氷のような視線を向けた。
「世継ぎの皇子は、もはやお前一人ではないのだよ、レオンハルト。……無能な長男に割く余分な椅子など、この帝都には残っていない。皇子の予備など、これからいくらでも育つ」
レオンハルトは拳を握りしめた。
傷口から再び血が滲み、鉄の小甲の隙間から床へと滴り落ちる。
「貴様と、その泥臭い馬乗りたちに与える任は一つだ」
ライオスは興味を失ったように視線を外し、側室の抱く赤ん坊の頬を弄り続けた。
「東の国境、ガゼル砦へ赴け。かの地は隣国の攻勢にさらされている。死ぬまで塞ぎ止めろ。ああ、一歩でも引けば、謀反とみなして貴様らの首を跳ねる」
追放だった。
実質的な死刑宣告。補給も増援も望めぬ最果ての捨て駒。
「……謹んで、拝命いたします」
レオンハルトは深く頭を垂れた。床に映る自分の顔は、煤と血で汚れ、目だけが静かに燃えていた。
(生きて……帰る。そうだ、あいつと約束した)
レオンハルトの心に打ち込まれた杭は、それ一つだった。
どれほど泥を食おうとも、どれほど見下されようとも、この騎兵団の生き残りを一人たりとも無駄死にさせず、必ずこの帝都へ生きて舞い戻る。それが、彼の唯一の勝利条件だった。
「去れ。帝都の空気が汚れる」
ライオスの冷淡な一言で、謁見は終わった。
◇
帝都の外郭、廃れた馬場に集まった騎兵団は、わずか四十騎。
かつて五百を数えた誇り高き『獅子心騎士団』の無残な姿だった。馬たちの肋骨は浮き上がり、騎士たちの鎧は継ぎはぎだらけだ。
「レオンハルト様……本当に、あの死地へ向かうのですか」
副官のクリスが、手綱を握る血に染まった拳を震わせながら問う。彼の頬には、昨日の戦いで負った切り傷が痛々しく残っていた。
「選択肢はない、クリス。ガゼル砦へ行く。逆に最前線ゆえ、皇帝の目が届かない。生き延びるための力を蓄える場所には誂え向きだ」
レオンハルトは愛馬の首を優しく撫でた。馬は応えるように鼻を鳴らす。
「俺たちは死にに行くのではない。生き残るために行くのだ」
その言葉に、周りの騎士たちの瞳にわずかな光が宿った。
「――ガゼル砦へ向かう! !」
乾いた蹄の音が、石畳の街道に響き渡った。




