湖畔の攻防5 静かな湖畔
「……なぜだ」
レオンハルトが目を見開く。
「なぜ刃を引いた。俺は敵の皇子だぞ」
「我が剣は、この大地と民を守るためのもの。無用な殺戮のための凶刃ではありません」
レイリアは夕陽を見つめた。
「私の討つべき仇敵は、実の父を殺し帝位を奪ったライオスのみ。部下と愛馬のために命を差し出そうとするあなたを、私怨で斬る理由はありません」
「……!そうか、やはり。お前は……レナース、……皇子」
「レオン。部下を慈しみ、馬の痛みに寄り添えるお前なら……あの冷徹なライオスよりも、ずっと良い皇帝になれるはずよ」
「な……何を馬鹿なことを……!」
耳を真っ赤にするレオンハルト。
「いつか、この私と正々堂々と王座を競い合いなさい。……それまでは、決して死ぬんじゃないわ」
背を向けて去っていくレイリアの姿を、レオンハルトは呆然と見送った。
胸の奥から、熱い感情が込み上げる。
「ふ、ふざけるな! 次は……次は絶対に負けんからな! 覚えてろよ、レイリア!」
照れ隠しに叫ぶと、レオンハルトは愛馬に飛び乗った。
「全軍、撤退だ! 退くぞ!」
◇
茜色の夕暮れ。
歓声に包まれる湖畔へ、レイリアが戻ってきた。
「レイリア……!」
水に濡れた作業着のまま、ミレイユが駆け寄ってくる。
傷だらけの甲冑、焦げた硝煙の匂い。
「……バカ」
ミレイユの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
彼女は冷たい鋼の胸甲ごと、レイリアを強く抱きしめた。
「大バカ野郎だよあんたは……! 自分ひとりで全部背負い込んで……死んだらどうするつもりだったんだい!」
「ミレイユ……」
「もう二度と『死ぬのは自分たちだけでいい』なんて言わないで! アタシたちは守られるだけの荷物じゃない! あんたと一緒に、この湖で生きていきたいんだからさ!」
レイリアは鉄手袋を外し、素手で親友の背中を優しく抱き返した。
「……ごめんなさい、ミレイユ。ありがとう」
夕映えの光が、湖面を黄金色に染めていく。
再会を喜び合う民たちの笑顔。
(私は、復讐の亡霊にはならない)
かつては復讐の炎だけが生きる意味だった。
だが、いま守るべき温かな光がここにある。
憎しみのためではなく、この愛おしい世界を守り抜くために、私は"王座"を目指す。
夕暮れの風が髪を揺らす中、レイリアの碧色の瞳は、遥かなる未来を見据えて静かに澄み渡っていた。
そして、風が頬を撫でるたび、私はもう迷わないと胸の奥で静かに誓った。




