湖畔の攻防3 ある日、森の中……
小高い丘の上。
レオンハルトは眼下に広がる陣容を冷徹に見下ろしていた。
「殿下! 敵の右翼が崩壊しております! 直ちに中央突破の突撃を!」
「……待て。浅はかな見立てをするな」
レオンハルトは副官を制した。
「相手は几帳面なあのレイリアだ。これほど露骨な欠陥陣形を晒すはずがない。正面から突っ込めば泥沼の包囲網だ」
レオンハルトは西の森林帯へ視線を向けた。
「森を抜ける。一気に突破し、敵本陣の側背を急襲するぞ」
「正気ですか殿下!? 重騎兵が森に入るなど……!」
「敵もそう考えるからこそ、森を抜けるのだ! 常識に囚われた用兵では、レイリアの裏はかけん。全軍、二列縦隊! 森を抜けるぞ!」
黄金の騎兵団が、深緑の森へと吸い込まれていく。
◇
木々の遮る薄暗い森の中。
大樹の上に潜む男がいた。傭兵騎士団『コヨーテ』の隊長レヴンだ。
「……本当に森へ入り込んで来やがった。あの"お嬢ちゃん"、敵の心理を完全に読み切ってやがる」
レヴンは煙草を指で弾き飛ばした。
「ディムース、やれ」
シュバッ——!
剛弓から放たれた黒羽矢が、レオンハルトの兜の羽飾りを撃ち抜く!
「伏兵だ! 円陣を組め!」
「火矢! 雨あられと叩き込め!」
ドォォォォン!!
樹上から投げ落とされた『火薬壺』が爆発し、炎と黒煙が森を包む。
馬たちが恐怖で甲高い悲鳴をあげ、陣形が一瞬で崩壊しかけた。
「くっ……動揺するな!」
レオンハルトは馬上から飛び降りると、篭手を投げ捨て、素手で真紅の愛馬の首筋を抱き寄せた。
「……大丈夫だ」
爆煙の中、彼の低く温かい声が響く。
レオンハルトは自らの手で愛馬の目を覆い、額をぴったりと重ね合わせた。
「俺がついている。俺の鼓動を聞け……お前は誰よりも強く、気高い馬だ」
主の温もりと、一切の揺らぎのない心音。
真紅の巨馬の鼻息が、奇跡のように落ち着きを取り戻す。その静けさは、周囲の軍馬へとなだれのように広がっていった。
樹上のレヴンが息を呑む。
(ただの飾り物の貴族じゃねえ……あの若さで、馬と完全に魂を通わせ合っていやがる)
「者ども、馬上に復帰せよ!」
レオンハルトは馬背へ跳び乗り、剣を掲げた。
「炎の壁を突き破り、平原へ駆け抜けるぞ! 俺に続け——!」
「おおぉぉぉ!!」
爆炎を突き破り、漆黒の波が森の出口へと突き進んでいく。
レヴンは獰猛に笑った。
「仕留めきれなかったが……十分引きずり回して消耗させたぜ。さあ、あとは"お嬢ちゃん"たちの番だ」




