湖畔の攻防2 ライオンハート
急ごしらえの本陣で、老将ガルドが頭を抱えていた。
「馬の足が速すぎる……! 重装騎兵がこの湿地帯をなぜこれほどの速度で踏破できるのだ!?」
「無能なバカ皇子だと聞いていたが。レオンハルトの用兵術……本物だな」
アルティスが黄金の剣を磨きながら苦笑する。
「このままでは民の避難が間に合いませんぞ! 一刻も猶予がないとは、うっ、胃が痛い」
レイリアは静かに目を閉じ、そして開いた。
「……ガルド。民を街道へ逃がすのは中止です。全住民を、湖の船に乗せなさい」
「は!? 船にですか?」
「ええ。避難させると同時に、あの湖を『罠』に仕立て上げるのです。船団に正規軍の旗を掲げさせ、水面に杭を打ち、松明を焚かせなさい」
アルティスがニヤリと笑う。
「なるほど。湖の上に、偽りの『水上要塞』を築く気か」
「そうよ。遠目には凶悪な伏兵陣地に見えるはず。レオンハルトは、私と同じ兵法を学んでいる。警戒し、水際への進軍を躊躇うわ」
「だが姫様! 陸の布陣が間に合っておりません! 右翼などスカスカで穴だらけですぞ!」
ガルドが冷や汗を流す。
さらに陣の端では、騎士シャルクの乗る愛馬グラニが殺気に暴走していた。
「ちょ、おいグラニ落ち着け! 手綱を噛むなって」
「シャルク、隊列を乱すな!」
「乱したくて乱してるわけじゃありませんよぉ!」
惨状のような陣形を見つめ、レイリアの頭脳が冷徹に冴え渡る。
「ガルド、右翼の穴を埋める必要はありません。そのままにしておきなさい」
「なっ……!? 正気ですか! 突いてくれと言っているようなものです!」
「逆よ。防衛側が平原に不自然なほどスカスカの陣を敷いていたら、敵はどう思う?」
アルティスが手を打った。
「……『平原に誘い込んで包囲殲滅するための罠』だと深読みするな」
「その通りよ。湖には不気味な水上要塞。平原には誘い込むような隙だらけの陣地。——どちらも罠に見える時、慎重な武人はどう動く?」
ガルドが息を呑み、西の森林へ目を向ける。
「あの……『深緑の森』へ迂回する……!?」
「ええ。重装騎兵には愚策に見えて、実は側面を突く『裏をかいた最善手』に見えるはずよ」
欠陥だらけの陣を晒し、敵の知性を利用して誘導する二重のブラフ。
「ふっ、相変わらず無茶なハッタリだ。乗ったぜ」
その時、地平線の彼方から無数の光が煌めいた。鎧や馬具の金属が反射している。
百を超える漆黒の甲冑——精鋭重装騎兵団『ライオンハート』。
陣頭に立つのは、漆黒の鎧に身を包んだ皇子レオンハルト。
「……来たわね、レオンハルト」
レイリアはバスタードソードの柄を強く握り締めた。




