火山の玉座と気高き誓い
『黒鋼の処刑者』を退けた後、一行はモンブラン伯の案内で城の最深く
――地下結界の間へと足を踏み入れていた。
吹き抜けの地下洞窟。
足元には煮えたぎる地脈の熱気が渦巻き、巨岩の壁面には古代の魔導文字が赤黒く光滅している。
そこは、アストリア山脈の複数ある火口と直結する、戦略型魔導兵器『灰の王冠』の核心部だった。
「……ここが、我がモンブラン家の秘宝、灰の王冠』の祭壇じゃ」
血をぬぐい、威厳に満ちた足取りで佇む老将――『白嶺伯』オズヴァルト・モンブラン。
"灰の伯爵"と恐れられる男の瞳には、一切の揺らぎがない。
「この装置を起動すれば、連動した火口が一斉に噴火する。この地はおろか、南部の広大な領域が灰と溶岩に飲み込まれるだろう」
「自爆兵器……ということですの?」
レイリアが凛とした声を響かせる。
熱風に晒されながらも、その碧の瞳は力強く伯爵を見据えていた。
「勝利のための兵器ではない。我が領民を侵す者に対し、『相打ち』を突きつける最後の抑止力じゃ。かつて先帝が謀反で倒された夜、私は兵を出さなかった。皇室を見捨て、冷徹と言われようとも、私はこの南部の民を戦火から守る道を選んだのだ」
モンブラン伯爵の低い声が、地下洞窟に重々しく響く。
「山岳の民との古い盟約も、領民の安寧も、私は決して破らん。……レイリア・フォン・レーク。お前に問う。統治者とは誰を救い、誰を切り捨てるかを選ぶ残酷な存在だ。お前には、その泥を被る覚悟があるのか?」
沈黙が流れる。
煮えたぎるマグマの爆ぜる音だけが響く中、レイリアの傍らに立つアルティスが静かに一歩前へ出た。
「ふっ……動かなかったお前と、あの夜、動けなかった俺か」
黄金の剣の柄に手を置いたまま、アルティスがつぶやく。
「守るために何かを切り捨てる選択の重さは、痛いほどわかる。……だが、俺たちの姫さんはな、伯爵」
「止めなさい、アルティス」
レイリアはアルティスを下がらせ、優雅にドレスの裾を払うと、まっすぐにモンブラン伯爵と対峙した。
「オズヴァルト・モンブラン! 切り捨てることを前提とした統治など、わたくしは認めません」
「青いな、姫君。綺麗事で民たちの腹は満たせん」
「綺麗事ではありません、決意です!」
レイリアの毅然とした叫びが、熱気を切り裂いた。
「誰かを犠牲にして得る平穏など、いつか必ず綻びます。わたくしは誰も諦めない。民も、誇りも、この帝国の未来も……すべてを背負ってライオスを討ちますわ!」
一瞬の静寂がよぎる。
オズヴァルト・モンブランは、低く腹の底から笑い声を漏らした。
「ハハハ……甘い。反吐が出るほど甘いぞ。……だが、その青さと破天荒な覚悟、嫌いではない」
モンブラン伯爵が杖を床に突くと、足元で不気味に光っていた魔導文字が静かに光を失っていった。
抑止力《灰の王冠》の起動が、解除されたのだ。
「配下にはならんぞ。私はアストリア山脈の主だ。しょせん、お山の大将だとしてもな。我が軍はお前たちの軍勢に加わりはしない。アストリアの兵は、この領民を守るためのものだからだ。だが……もしお前たちが簒奪者ライオスと戦う日が来たら……」
オズヴァルトは鋭い眼光で、今一度、レイリアを見つめた。
「この山脈から、お前たちの背中を襲う風は二度と吹かせんと誓おう。帝都へ向かう貴公らを、背後から襲うことは決してない。ライオスにも兵力、物資、魔導支援の類はいっさい渡さん」
それは、レイリアたちにとって大きな成果だった。
南部の強大な諸侯であるモンブラン伯が中立を保ち、ライオスへの協力を断つ。
これにより、背後の憂いを完全に断った状態で、全力で帝都への進軍に集中できるのだ。
「……感謝いたします、白嶺伯」
レイリアは深く一礼し、澄んだ瞳で微笑んだ。
「その誓いがあれば、わたくしたちは前だけを見て戦えますわ」
引き締まった気迫と、未来への希望を湛えたまなざし。
"灰の伯爵"は深く満足そうに頷き、静かに背を向けたのだった。




