モンブラン山脈・試練の谷 3
水攻めを破られた『モンブラン山城』。
ギギギィィ、その重々しい鉄の門が嫌な音を立てて開いた。
躍り出てきたのは、モンブランの精鋭を率いる智将ティガス。
白銀の鎧をまとった熟練の将は、長槍を構え、眼下の討伐軍を鋭く睨みつける。
「――ここまで辿り着くとはな、“レッドウルフ”! だが、我が主モンブラン伯を討たせはせん!」
「待ちなさい!」
凛とした叫びとともに、正面から躍り出たのは女騎士姿のレイリアだ。
愛馬から飛び出し、疾風のようにティガスの目の前へ舞い降りる。
「レーク侯爵が令嬢、レイリア・フォン・レーク! ティガス殿、我が剣と立ち合いなさい!」
「なに……レーク家の小娘だと!?」
ティガスの長槍が、目にも留まらぬ速さで突進してくる。
熟練の無駄がない一撃。
だが、レイリアの碧の瞳は、その軌道を完全に見切っていた。
「舞え、わが剣。『雷光・輪舞』!」
レイリアは最小限の動きで槍をかわすと、バスタードソードを滑らせた。
キーーン!
一本の剣が回転を繰り返し、いくつもの残像が現れる。
甲高い金属音が響く。
ティガスの長槍をすり抜けた剣先が、首の防具のすき間
――喉元わずか数ミリのところでピタリと止まっていた。
「……見事だ、レークの姫よ」ティガスは槍を落とし、深く息を吐いた。
「これほどの一流の剣士が、帝国の暴君の犬に成り下がるとはな……」
「勘違いなさらないで!」
レイリアはすっと剣を引き、胸を張って言い放つ。
「大将軍もわたくしたちも、皇帝ライオスの手駒ではありませんわ! 真実と大義のために、ここへ来たのです!」
その言葉を裏付けるように、後ろから歩み寄ったジョアンが重々しく頷いた。
「ティガス。俺たちが伯爵を討ちに来たと思うか? ライオスは俺たちを戦わせ、共倒れにさせるつもりだったんだ。……伯爵は無事なのか?」
ティガスは目を見開き、悔しそうに顔をゆがめた。
「そうだったのか。主君モンブラン伯は……城内の玉座の間に囚われている。皇帝が放った刺客と、気味の悪い『黒鋼の魔導兵』どもに占拠されているのだ!お前たちを討つまでの人質となってな」
「シャルク、ガルド! 城の外の敵を降伏させ、ケガ人の手当てを! レーク家の陣を整えなさい!」
レイリアがすばやく指示を飛ばす。
「承知いたしました!」
ガルドが叫び、シャルクも頭上から崩れ落ちてきた瓦礫を、槍の一撃で粉砕しながら、「任せてください!」と頼もしく頷く。
「レイリア殿、レヴン、ディムース! 俺と城内へ潜入する!」
ジョアンが先陣をきる。
「はい!」
◇
ジョアンやレイリアたちはティガスの案内で、静まり返った城の廊下を駆け抜けた。
豪華なじゅうたんには血の跡が残り、帝国の兵ではない「不気味な影」がうごめいている。
だが、レヴンとディムースの無音の攻撃、そしてレイリアの電光石火の突きが、あっという間に道を切り拓いていく。
そして――
一番奥にある重い扉を叩き破ったジョアンの目に、悲惨な光景が飛び込んできた。
玉座の間の真ん中。
血の魔法陣の上に縛り付けられた老将――モンブラン伯爵だ。
その背後には、身長3メートルを超える巨大な黒い鎧が立っていた。
ライオス皇帝が禁断の錬金術で造り上げた殺戮兵器――『黒鋼の処刑者』。
巨大な両刃の斧を構え、不気味に佇んでいる。
「……来たか、ジョアン・ルドラルプス」
『黒鋼の処刑人』の冷酷な声が響き渡った。
「手勢の兵とともに谷で死ぬはずだった貴様が、ここまで来るとはな。……だが、遅かった。モンブラン伯から『先帝暗殺の密約書』を取り戻した。これでライオス陛下の即位に文句をつける者は誰もいなくなる」
血を吐きながら、モンブラン伯爵が叫んだ。
「ジョアン……騙されるな! ライオスは先帝を自らの刃で殺し、その罪を隣国になすりつけようとしている! 隣国と戦争をするためにな。ライオスは……帝国を滅ぼす悪魔だ!」
「静かにしろ、老いぼれ」
『黒鋼の処刑人』が巨大な斧を持ち上げる。
伯爵の首を跳ね飛ばそうとする、死の一撃!
「させるかぁぁぁ!!」
ズドォォォン!!
爆風のような踏み込みで割り込んだのは、ジョアンだった!
赤狼の毛皮をなびかせ、全身の力を込めて叩きつけた大剣が、魔導兵器の巨斧を真っ正面から受け止める!
◇
バチバチと激しい火花が飛び散り、玉座の間の床に亀裂が走った。
「ぐっ……おのれ、なんという力だ!」
ジョアンの腕の筋肉が、はちきれんばかりに膨れ上がる。
人間離れした魔導兵器の質量とパワーに対し、ジョアンは己の肉体と叩き上げの意地だけで押し返していた。
「ジョアン大将軍! 援護いたしますわ!」
レイリアが風のように躍り出た!
電光石火の突きが、『黒鋼の処刑者』の関節のすき間――魔力を供給している紫の結晶を正確に貫く!
バシィィィン!
「なにいっ!? わが自慢の魔導甲冑のすき間を突くだと!?」
処刑者の声が激しく動揺した。
レイリアの剣技は、頑丈な鎧の概念すら超えていたのだ。
「今だ、ディムース!」
レヴンの叫びと同時に、太い鉄の矢が魔導兵器の足関節を撃ち抜く!
ガクリと体勢を崩す『黒鋼の処刑者』。
「ライオスに伝えろ……! 俺の部下たちの血を、帝国の誇りを踏みにじった罪……その命で償わせるとな!」
ジョアンの瞳が、赤狼のような鋭い光を放つ。
大剣を深く引き込み、全身の体重とこれまでの人生すべてを乗せた一撃――!
「『狼牙・断鋼斬』――――!!」
ジョアンの振り下ろす大剣に闘気がこもって刃が紅蓮に輝く。
ずっしりとした手応えとともに、激しい破壊音が響き渡る。
次の瞬間、『黒鋼の処刑者』は胸の甲冑ごと真二つに叩き切られていた!
ズドォォォン!
紫の煙を吹き出しながら、漆黒の魔導兵器が崩れ落ちる。
通信の向こうで、ライオスが悔しそうに息をのむ気配が消え去った。
「ふぅ……ふぅ……」
ジョアンは大剣を床に突き立て、荒い息を吐いた。
血と汗に濡れた顔を上げると、そこには無事に救出されたモンブラン伯爵と、誇らしげに剣を収めるレイリアたちの姿があった。
「お見事でしたわ、大将軍」
レイリアが微笑み、凛とした姿で一礼する。
「……礼を言う。みんなのおかげだ」
ジョアンは口元を緩め、武人らしい不器用だが温かい笑みを浮かべたのだった。
つづく




