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モンブラン山脈・試練の谷  2


崖の上に潜んでいた敵を打ち払い、一行はいよいよ谷の最奥部へと差し掛かっていた。

急峻な岩壁が迫り、道幅はさらに狭まっている。



「……待て」


先頭を行くシャルクが、突如として足を止めた。

愛馬グラニが荒い鼻息を吐き、耳を鋭く立てている。

シャルクの背筋に、冷たい悪寒が走った。


「……水だ」


「水、ですと?」

老騎士ガルドが怪訝そうに首を傾げる。


「水だ、ガルド殿! 地鳴りではない、激流の音だ! 上流の堰(せき)が開けられたんだ!!」

シャルクの切迫した叫びが、狭い谷底にこだまさせた。


それこそが、智将ティガスが仕掛けた真の罠だった。

あえてこの『水涸れ谷(みずがれだに)』へ敵を引き込み、退路のない最奥部に追い詰めた瞬間を狙って、山頂の巨大な水門を一気に開放したのだ。


――ドゴオォォォォン!!


曲がり角の向こうから、大木や巨岩を巻き込んだ数メートルの『濁流の壁』が、凄まじい質量と速度で押し寄せてくる。


「な……!? 水攻めか!」


副官クルトが顔を蒼白にする。


「ジョアン大将軍、このままでは……全滅いたします!」


両側は垂直に切り立った絶壁。逃げ場などどこにもない。

呑み込まれれば、軍勢は一たまりもなく泥流の底へ押しつぶされる。


「焦るな! 全員、馬を走らせろ! 崖の微小な足場へ登るんだ!」


ジョアンの怒号が飛ぶ。

足元へ激流が迫る直前、シャルクは愛馬グラニを激しく加速させた。

ぬかるむ岩場を蹴り立て、押し寄せる濁流と競り合うように駆け上がる。


「レイリア様、こちらへ!」


「感謝します、シャルク士爵!」


自馬の脚を取られかけたレイリアは、シャルクの差し出した手をとると、身軽な躍動でその背後へと飛び乗った。

放たれた愛馬ミルキーウェイもまた、高い生存本能で崖の突起へと跳び移っていく。


「おおっ、シャルク殿。姫様を頼みますぞ」

ガルドは安堵しながらも、腰をさすりつつ自らも急ぐ。


一方、絶壁の岩肌にしがみついた傭兵隊長レヴンが、険しい表情で上流を睨み据えた。


「モンブランの老将め、えげつない手を使いやがる……! ディムース、ルーク! あの古い岩壁の亀裂を狙え! 水路を横の深谷へ逸らすぞ!」


「了解!」


強弓のディムースが放った太い火矢が、あらかじめ狙いを定めていた岩のすき間

――設置された爆薬壺へと吸い込まれていく。


――バガアアァァァン!!!


腹に響く凄まじい爆音とともに、側面の岩壁が崩壊。

押し寄せていた巨大な濁流の大半が、轟音を上げて横の深い渓谷へと流れ落ちていった。


「な、なに……!? 水圧が下がっていく!?」


城壁の上で指揮を執っていた智将ティガスは、己の目を疑った。

必殺であったはずの水攻めが、傭兵たちの爆破工作によって一瞬で瓦解したのだ。



「水が引いたぞ! 勢いを殺されるな、突撃――っ!」


膝の高さまで下がった泥水を蹴立て、ジョアン率いる赤狼騎士団とシャルクたちが一斉に突き進む。


「ティガス殿! 卑劣な罠、我が剣をもって破らせていただきますわ!」


シャルクの馬上でバスタードソードを高く掲げ、レイリアが凛とした声を張り上げた。


死線を突破した討伐軍は勢いをそのままに、ついに山頂に構える『モンブラン山城』の正面城門前へと攻め込んだのである。



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