懐かしき再会。それは、恋か、友情か。
「……見事な手際だ。レーク侯爵家の騎士団、そして傭兵団『コヨーテ』か」
ジョンは愛馬から下り、重々しい足取りでレイリアたちへ歩み寄った。
濡れた赤狼の毛皮をゆらし、武人としての圧倒的な威圧感を放つジョンに対し、レイリアは一歩も引かずにキュッと胸を張った。
優美な絹のフリルドレスを軽やかになびかせ、可憐にお辞儀をしてみせる。
「お初にお目にかかります、ジョン大将軍! レーク侯爵家令嬢、レイリア・フォン・レークですわ!」
レイリアは顔を上げると、碧の大きな瞳をランランと輝かせて言った。
「父より話は伺っております。ライオス帝の奸計により、命を狙われていると。……安心なさってください! 我らレーク家の精鋭と、わたくしのこの剣があれば、どのような逆境も切り開いてみせますわ!」
「姫様、威勢が良いのは結構ですが、まずは大将軍にお詫びを……」
ガルドが胃を押さえながら間に入り、ジョンに向かって深々と頭を下げた。
「ジョン将軍、お見苦しいところをお見せしました。……見ての通り、少々賑やかすぎる陣容ですが、実力だけは保証いたします」
「ああ、疑う余地もない」
ジョアンはレイリアとシャルク、そして背景に控えるレヴンたちを一人ずつ見つめた。
(ただの令嬢ではないな……。あの踏み込み、無駄のない剣線。まぎれもなく超一流の領域だ。……それにしても、この手の添え方、気高き碧の瞳、そしてどこか見覚えのある剣の構え……誰なんだ)
ジョアンの硬派な思考が、ふと止まる。
(……待て。まさか、行方不明となっていたレナース皇子……なのか!? いやしかし、こんな可憐で可愛い女の子が……皇子のはずはない!?)
正体を一目で見抜いてしまったジョンだが、当のレイリアは「淑女のお手本」を見せつけようと必死だ。しかし、憧れのジョン先輩を前にして、どうしても「元・男同士の固い絆」と「乙女の羞恥心」が混ざり合い、頬がぽっと赤く染まっていく。
ジョアンの唇の端が、微かに持ち上がった。
ライオスは自分を孤立させ、死地へ追いやったつもりだったろう。だが、ここには頼もしすぎる“刃”――そして、あまりにも可愛らしく成長(?)したかつての親友がいる。
「レイリア殿、そして皆の者。感謝する。おかげで兵たちの命が拾えた」
「ふ、ふふんっ! お礼には及びませんわ!」
レイリアは誇らしげに顎を上げたものの、上目遣いでじっとジョアンを見つめ、少し恥ずかしそうにモジモジし始めた。
「ですが将軍、お顔が少々怖すぎますわよ? 勝利の後は、もっと堂々と笑うものですわ!……ボ、あっ、わたくし、怖そうな殿方は苦手ですの……」
思わずボクと言いそうになり、慌てて口元を押さえて顔を真っ赤にするレイリア。
(ダメだ、可愛すぎる……! 元は武骨な男の親友だったはずなのに、キュン死にしそうだ!!)
ジョンは溢れる猛烈な想いを必死に噛み殺しながら、ポンとレイリアの小さな頭に大きな手を置いた。
優しく撫でられて、レイリアは「にゃはっ」と嬉しそうに目を細めてしまう。
「……そうか。肝に銘じよう」
「ジョア~。皇子の頭を撫でるなんて……あ、違います、乙女の頭を気安く撫でないでくださると助かりますわっ!」
慌てふためくレイリアの反応にシャルクが苦笑。
ガルドが「姫様、大将軍に向かってなんと無礼な……」と再び胃を痛めて絶句する。
レヴンは「面白そうな仕事になりそうだ」と鼻で笑った。
ジョンは全員を見渡し、力強い声で宣言した。
「兵糧と水を受け取り次第、我々はモンブラン領へ向かう。……ライオスの企みを砕き、真実を白日の下に晒すぞ!」
「「「オーッ!!」」」
「絶対に負けませんわ、ジョアン先輩……あっ、ジョアン大将軍様~!」
正体はバレそう、だけどお互い言わない約束、秘密の絆!
湖畔に力強い勝ちどきが上がり、華やかな緑のドレスをなびかせた可憐な元皇子レイリアの、甘酸っぱくも力強い反撃がいよいよここから始まるのだった。
◇
重い木製ドアの隙間から滑り込んできた秋の冷気が、頬をなでて吹き抜けた。
カチャン、と磁器のカップがソーサーと擦れ合い、小さく甲高い音を立てる。
向かい側に座るジョアンの視線を感じた瞬間、レイリアの背すじを冷や汗が一筋、静かに落ちた。
「——本当に、どこかでお会いしたことはありませんでしたか? どうも知っている誰かのようで」
低く落ち着いた、しかしどこか懐かしい響きを持つ声。
かつて剣術の手ほどきを受け、背中を追いかけた憧れの先輩——その青年の眼差しが、まじまじと自分に向けられている。
レイリアの胸の奥がドキドキと鳴り、鼓動は耳裏まで熱を押し上げる。
正体が露見する恐怖なのか、それとも
——目の前のジョアンに対する動揺なのか、自分でも判別がつかない。
五年前、唐突に身体は少年から完全な少女へと塗り替えられた。
以来、貴族の令嬢としての立ち振る舞いを叩き込まれ、今やドレスの裾を捌く仕草すら身体に馴染んでいる。
それでも、内面にしぶとく残る「男としての記憶」が、目の前の先輩を恋着の対象として意識してしまう自分に激しい警鐘を鳴らしていた。
(……ダメだ。気づかれるわけにはいかない。絶対に、あの頃の泥臭い男子だったなんて思われたくない)
知られたくない。かつて男子だったという事実以上に、いまや一人の「女」として彼の視線に晒されているこの瞬間を、破壊されたくなかった。
レイリアは、震えそうになる指先を重ね合わせ、膝の上でしわが寄るほどスカートの生地を小さく握り締めた。呼吸を深く整え、記憶の底から"完璧な令嬢"の仮面を引きずり出す。
首をわずかに傾げ、上目遣いに青年を見つめ返した。意識して唇の端を少しだけ引き上げ、柔らかく微笑んでみせる。
「まあ、素敵なナンパのお言葉ですのね。ですが……あいにく、お知り合いだった記憶はありませんわ」
優美な声音を作って、さりげない動作で小さな手鏡を取り出した。銀細工の蓋を開け、鏡に映る自分の顔を覗き込む。
鏡の中にいたのは、上質なパウダーで整えられた透き通るような肌、ほんのり桃色に染まった頬、そして艶やかなグロスで彩られた小さな唇だった。
ドレスに着替えた時に、時間をかけて引いたアイラインに乱れがないかを確かめ、乱れた前髪を一筋、繊細な指先で耳の後ろへと滑らせる。
「……何か、お顔についておりますかしら?」
あえて少し困ったような仕草で首を傾げて見せると、ジョアンはハッとしたように視線を泳がせ、耳たぶをほんのり赤く染めて咳払いをした。
「い、いえ!失礼しました。あまりに品のある美しさだったもので、つい不躾な視線を……申し訳ありません、侯爵令嬢」
恐縮して顔を背けるジョアンの反応に、胸の奥で小さな優越感と、それを上回る甘い疼き。
男だった過去を隠し通せた安堵。それと同時に、少女としての己の魅力に相手が狼狽したという事実が、レイリアの男だったプライドを突き崩し、鼓動をいっそう激しく狂わせていくのだった。
このまま、女として恋に落ちてしまえたら……しかし、その想いを振り切り、モンブランへ向かう決意を改めるレイリアだった。




