湖水地方の合流と賑やかな援軍
朝日を浴びて、湖が銀色にキラキラと輝いている。
ここは帝都の南西にあるレーク侯爵領――通称『湖水地方』だ。
綺麗な水と豊かな森に囲まれたこの場所は、さっきまでの泥と血にまみれた地獄が嘘みたいに静かだった。
だが、そこにたどり着いた大将軍ジョアンの率いる『赤狼騎士団』はボロボロだった。
雨は上がったものの、鎧は泥と血で汚れ、誰もが傷を負っている。
山道を一気になぎ払うように突き進んできた代償は大きかった。
「……大将軍、全軍もう限界です」
副官のクルトが、肩に布を巻きながら報告にやってきた。
「なんとか刺客は振り切りましたが、食料はあと一日分もありません。皇帝の息がかかった補給部隊が、ちゃんとご飯を届けてくれるとは思えませんが……」
その隣で、軍師のザイムが苦笑いを浮かべていた。
(ふっ、当たり前だろ。ハナから補給なんて届ける気はないんだからな)
「ああ、分かっている」
ジョンは愛馬の首をやさしく撫でながら、湖の向こう岸を見つめた。
赤狼の毛皮を絞ると、濁った血がポタポタと地面に落ちる。
「ライオスの狙いは、俺たちを腹ペコにしてヘトヘトにさせたところを殺すことだ。補給なんて最初から来るわけがない。……だが、俺たちにはまだ切り札がある」
ジョンが指さしたのは、湖のほとりに建つ頑丈な石の城
――レーク侯爵の城だ。
だが、城へ向かって歩き出そうとした――その時!
ゴオオオオオオ……!
湖を囲む深い森の奥から、地面を揺らす不気味な地鳴りが響き渡った!
「な、なんだ!? また刺客か!?」
ザイムが慌てて剣を抜く。
(むっ……そんな襲撃計画、聞いてないぞ!?)
バキバキッと大木がなぎ倒され、森の中から姿を現したのは
――皇帝の刺客ではなかった。
太古の森に潜む、巨大なバケモノ『岩甲熊』!
家と同じくらいの大きさで、体は岩みたいにカチカチ。
大木を一撃でへし折る腕力を持つ怪獣だ。
しかも一頭じゃない。興奮した三頭のグランベアが、凄い足音を立てて突進してきたのだ!
「ひえ、モンスターかよ」
ザイムは腰を抜かす。
「くっ……! 陣形を整えろ! 槍隊、前に出ろ!」
ジョアンが叫ぶが、疲れ果てた兵士たちでは受け止めきれない。
彼は自ら剣を抜き、前に飛び出そうとした――その瞬間。
『――全員、お下がりなさい!!』
透き通った、美しい女性の声が響き渡った。
ドカァァン!!
雷のような勢いで、木々を飛び越えて舞い降りた姿があった。
きれいな金髪を風になびかせ、エメラルド色の瞳を輝かせる美少女。
かわいいドレスの上に、華やかな騎士の鎧を着ている。
――レーク侯爵家の令嬢、レイリアだった!
「わたくしの前で、大事な領民やお客様を傷つけるなんて……許しません!」
レイリアが構えた細身の剣が、朝日にキラリと光る。
グランベアがガオオッ!と吠え、丸太のような前脚を振り下ろした。
直撃すれば鎧ごと叩き潰される一撃。しかし、レイリアは逃げない。
シュバババーン――!
「奥義・鳳閃剣!」
目にも留まらないスピードで繰り出される突き!
鋭い剣の勢いが空気を切り裂き、一瞬でグランベアの急所を何十箇所も貫いた!
「ガアォォォ……!?」
岩みたいに硬い皮膚をあっさり破られ、巨獣は悲鳴をあげる暇もなくバタリと倒れた。
「な、なんだと……!? 女の細腕で、一撃だと……!?」
ザイムが息をのむ。
経験豊富なベテラン兵士すら追いつけない、圧倒的なスピードと剣技だった。
「姫様ぁぁぁ! 勝手に飛び出さないでと、あれほど言いましたでしょうがー!!」
後ろから、巨大な盾を持ったおじいちゃん騎士ガルドが、汗だくで走ってきた。
「我が家の宝であるレイリア様に何かあったら、わしは侯爵様に顔向けが……うぐっ! 胃が……胃が痛いですぞ……!」
「爺や、うるさいですわ! 救うべき味方がいるのです! 騎士が迷ってどうしますの!」
レイリアはフフッと強気に笑うと、残る二頭へ向かって一直線に突き進む。
「おいおい、相変わらず無茶苦茶だなあの姫さんは……って、うわああああ!?」
レイリアの後ろを走っていた青年騎士シャルクが、いきなり悲鳴を上げた。
倒れたグランベアの重みで地面がドカンと崩れ、大きな落とし穴みたいになったのだ。
さらに運の悪いことに、崖の上から超巨大な岩が、シャルクの頭上へ落ちてきた!
「シャルク!?」
ガルドが叫ぶ。
だが、ありえないほどの不運に見舞われたシャルクの目から、焦りは一瞬で消えていた。
「ったく……相変わらず俺の不運は容赦ねえな!」
フッ!と息を吐き、自分の身長より大きな重槍をブンッと振り回す。
絶妙なタイミングで、思い切り突き上げた!
ズドォォォンッ!!
槍から放たれた衝撃波が、巨大な岩を真っ正面から粉砕!
数千の破片となって吹き飛ぶ。
シャルクはその反動でくるりと空中で回転すると、何事もなかったように着地。
そのまま猛ダッシュして、グランベアのど真ん中(眉間)を正確に貫いた!
圧倒的な不運を、超人的なセンスでねじ伏せる。
これこそが、この男の凄さだった。
「――ふう、手間がかかったな」
最後の一頭が逃げ出そうとした瞬間、はるか上の木の上から、黒い矢が飛んできた。
矢は吸い込まれるようにグランベアの目に突き刺さり、一発で脳ミソをぶち抜いた。
「相変わらず見事な腕前だな、ディムース」
木の影から、黒い革の鎧を着た男――プロの精鋭傭兵団『コヨーテ』の隊長レヴンが、タバコの煙をふぅーっと吐き出しながら姿を現した。
その隣には、自分の身長くらいある大きな弓を持った凄腕スナイパー、ディムースが静かに立っている。
「ふん。標的が大きすぎて、狙うまでもない」
ディムースがボソッと答え、弓を引いた。
ほんの数分の出来事だった。
赤狼騎士団をピンチに追い込んだ三頭の巨大魔獣は、突如あらわれたチート級の凄腕たちによって、あっけなく撃破された。




