烏合の衆を『最強』にする方法
――レーク侯爵領
風が湖面を吹きぬけ、レイクス城の練兵場に重い泥の匂いを運んでいた。
ライオスとレイリアの邂逅は、お互いに宣戦布告を意味していた。
帝都からの追討軍を迎え撃つため、レーク侯爵領では急遽、軍勢の編成が進められている。
「わしは争いを好まん。この広大な領地を守り、民たちと平穏に暮らせればそれでよかった……だがな」
柔らかな毛皮の外套を羽織ったレーク侯爵が、深い溜め息とともに歩み寄ってきた。温厚で平和主義と知られる養父が、今や静かな覚悟をその瞳に宿している。侯爵は従者に手綱を引かせ、一頭の馬をレイリアの前へと進み出させた。
「ヒヒン――!」
甲高い嘶きとともに現れたのは、見事な白銀の毛並みを持つ駿馬だった。余分な肉のないしなやかな脚身、ほとばしる生命力。
「湖水地方が誇る最高峰の種馬から生まれた名馬だ。名は『ミルキーウェイ』。……レイリア、わしの全財産と民たち、このレーク軍の指揮権をすべてお前に託す。どうか、生き残っておくれ」
「……ありがとう、お父様」
象牙色のドレスの裾を翻し、レイリアは一動作でミルキーウェイの背へと跳び乗った。
風にそよぐライトゴールドの長い髪、凛とした立ち姿、背に差したバスタードソード、そして気品に満ちた白馬。碧色の大きな瞳に意志の炎を宿したその姿は、泥に塗れた練兵場の中でひときわ神々しく輝いていた。
しかし、頼もしい総大将の佇まいとは裏腹に、集まった軍勢の実態はひどい"寄せ集め"だった。
「烏合の衆とは、まさにこの事だな。……おいおい冗談だろ。金貨の山と引き換えにどんな猛者と戦えるかと思えば、総大将がえらくべっぴんなお嬢ちゃんじゃねえか。ガキのごっこ遊びに俺たちを巻き込まないでくれよ?」
下品な笑いを浮かべて歩み出てきたのは、レーク侯爵の莫大な資金で雇われた傭兵隊長レヴンだった。背後に控える五百人ほどの傭兵たちも、血と鉄の匂いを漂わせながら鼻で笑っている。
「……貴様、我が姫君に向かって土足で踏み込むような口を叩くか!」
突如、雷のような怒号が轟いた。二本の太刀を背負った強面の男
――かつて帝国の剣聖と謳われたラスト伯爵が、殺気を剥き出しにして前に出る。
横では侯爵家の放蕩息子であり剣の天才アルティスが、薄ら笑いを浮かべつつも手にした黄金の剣の柄に指をかけていた。
「言わせておけば好き勝手やりやがって。その腐った舌、引き抜いてやろうか?」
「ハッ、お高くとまった騎士様方が威張り散らしてんじゃねえよ!」
一触即発の睨み合い。家臣団と傭兵団の間に、いまにも血が流れかねない不穏な殺気が充満する。
さらにそこへ、レーク侯爵の招集に応じた名門の騎士たちが駆けつけてきた。
「また俺のせいか……。俺は、シャルク。呪われた騎士……とでも呼んでくれ」
金髪碧眼の精悍な顔立ちでありながら、凄まじい不運を背負ったシャルク士爵である。彼は爽やかに登場した瞬間、何もない平地で盛大に足を取られて泥沼へ転倒し、周囲の民兵たちを巻き込んで盛大な泥煙を上げた。
「ひいっ! ご、ごめんなさい!」
「わわわっっ、馬が暴れて……助けてくれ!」
召集されたばかりの農夫や漁師たちが、慣れない兜を目深にかぶって震えていた。馬に乗せようとすれば落馬し、長槍を持たせれば足元をふらつかせる。戦など一度も経験したことのない民兵たちだ。
なめてかかる傭兵、過保護で血気盛んな家臣団、不運すぎる騎士、そして怯える素人の民兵。
破綻寸前の全容を前に、アルティスが呆れたように肩をすくめた。
「どうするんだい、レイリア? これで帝国軍と戦うなんて、狸の造った泥の船で大海原に漕ぎ出すようなものだぜ」
レイリアは黙ってミルキーウェイの手綱を握り直すと、バスタードソードを鞘から滑り出させた。
甲高い金属音が響き、刃先がレヴンの首元かすか数ミリの位置でぴたりと止まる。
「――!?」
傭兵たちの笑い声が一瞬で吹き飛んだ。レヴンは頬をかする鋭利な風と、レイリアの碧色の瞳に宿る冷徹な覇気に息を殺す。
「口を動かす暇があるなら、自分の役割を果たしなさい、レヴン」
レイリアの澄んだ声が、静まり返った練兵場に響き渡る。
「私たちは正規軍としての戦い方を捨てるわ。農民に騎士の真似をさせる気はない。彼らにはこの湖水地方の地理を生かし、泥沼の罠と掘削、弓の防壁を作ってもらう。土地を知り尽くした彼らにしかできない重要な仕事よ」
民兵たちが顔を見合わせ、安堵と誇りに表情を引き締めた。
「そして傭兵隊長。あんたたちに気取った陣形は求めない。金に見合う分だけ、その泥臭い実戦経験で敵の横腹を叩きなさい。成果に応じたボーナスは侯爵様が保証するわ」
レヴンは一瞬呆気にとられたあと、不敵な笑みをもらして大剣の柄から手を離した。
「……気に入ったぜ、総大将代理殿。いや、あんたが総大将だ。俺たちの得意分野は任せな」
「シャルク士爵」
「は、はいっ! 申し訳ありません、罠を踏み抜くことしかできぬ不運な私などに指揮など……」
「いいえ、その『不運』を使うのよ。あんたには最前線で暴れてもらうわ。伏兵のあぶり出しと敵陣の乱打はお手の物でしょう?」
「俺の呪われた不運を戦術に組み込むつもりですか!?」
「そしてラスト伯爵、アルティス。あなたたち精鋭騎士団は本陣を守る絶対の盾であり、敵の喉元を貫く最強の矛よ。文句はないわね?」
「ふん……まあ、姫様がそこまで仰るならな」
「了解だよ、我が総大将」
寄せ集めの欠点を排除し、それぞれの特性を最適の持ち場へ配置する。レイリアの理にかなった采配と圧倒的なカリスマによって、バラバラだった歪な軍勢が一つの鋭い刃へと束ねられていく。
だが、軍の再編がまさに形を成そうとしたその時だった。
パサパサと羽音を立て、一羽の灰色の小鳥
――ホシムクドリのアギルが空から舞い降り、レイリアの肩へ止まった。
(レイリア! 大変だ、レイリア!)
頭の中に直接、焦りきったアギルの念話が飛び込んでくる。
(帝都からライオスの軍勢が動き出した! この湖水地方に向けて進軍しているよ!)
(――! ついに来たか)
レイリアは背筋を伸ばし、バスタードソードを夕闇の迫る空へと高く掲げた。
刃が沈みゆく太陽の残光を吸い、赤々と燃え上がるような威光を放つ。
「全員、持ち場へつきなさい! 帝国の追討軍が接近しているわ!」
民兵が鍬を固く握り直し、傭兵が刃を研ぎ、騎士たちが剣を抜く。
泥にまみれた不揃いな兵たちは、今や覚悟を秘めた眼光でレイリアを見上げつづけていた。
「来なさい、ライオス。この湖水地方は渡さない!」
白銀の駿馬ミルキーウェイが勇ましく嘶く。急造のレーク軍は、迫り来る帝国の大軍を迎え撃つべく、静かに、そして力強く牙を研ぎ澄ませたのだった。




