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再会、皇帝ライオスと『魔剣』

「――お深夜に失礼いたします。陛下、お寛ぎのところに……」


声を震わせず、あえてわずかに上ずらせる。

それが怯えた侍女を演じるための演技だったが、華奢で透明感のある女の美声は、かえって男の庇護欲や歪んだ独占欲をそそる劇薬のような響きを持っていた。



天蓋付きの巨大なベッドの脇、豪奢な毛皮を敷き詰めた床の上に、その男の姿があった。

帝国の絶対的支配者、皇帝ライオス。


五年ぶりの再会だったが、その黒髪の隙間から覗く傲岸な双眸と、冷酷なまでに整った顔立ちは微塵も変わっていなかった。いや、むしろ権力の重みが増した分だけ、その存在感は周囲の空気を歪ませるほどの質量をまとっている。


ライオスは、ソファに深く身体を沈めたまま、気だるげにグラスへと視線を向けた。

「……新しい顔だな。いつからこの西翼にいた?」

「本日からでございます。ご挨拶に。陛下に、最高の一杯をお届けするようにと……」


レイリアは一歩、また一歩と距離を詰める。

その視線は、ライオスの腕のあたり、あるいは椅子の肘掛けの周辺に注がれていた。



――噂に聞いた、いかなる魔法をも完璧にはじき返すという帝国の至宝、『魔剣』の気配を探るために。

(あの魔剣は危険すぎる。ナディの魔法が全く通用しなかったのだから……あれを手にする前に倒す)


幸いだった。

ライオスの手元には、『魔剣』の姿はない。寝台の奥、分厚いタペストリーの陰に立てかけられた専用の武器立てに収められている。その距離、優に十歩はある。


今、この瞬間、この男の身辺には致命的な"隙"があった。


グラスを載せた銀のトレイを小さく傾け、レイリアはあえて妖艶な笑みを湛えながらライオスの膝元へと歩み寄る。

「お酒だけではございません。……今宵は、もっと特別な夜をお楽しみいただけるかと」


わざとスカートの裾を翻し、侍女の制服の隙間から白磁のようなすらりとした美脚を覗かせる。

――ハニートラップ。

敵の警戒を溶かすためのもっとも下劣で、もっとも効果的な芝居のはず。

見ていたアギルが墜落するほど鏡の前で練習した成果か、その仕草は元男とは思えないほどに官能的で完璧な色気を放っていた。


ライオスの唇に、侮蔑を含んだ冷ややかな笑みが浮かんだ。


「ほお……。近頃の侍女は、城の規律も忘れて皇帝の寝所を温めにくるらしい。どれ、見せてみろ」


男の手が、レイリアの細い腰へと伸びてくる。その卑俗な指先が、制服の上から敏感な腰回りに触れる直前――!

レイリアの碧色の瞳が光り、従順な侍女の仮面が完全に剥ぎ落ちた。


「――もらった!炎よ、切先に宿れ(フレームブレード)」


エプロンの下に隠されていた短剣を、一閃のスピードで引き抜く。

刹那、刀身に込められた激しい炎の魔力が、寝所の冷気を一瞬で焼き払うような爆音と眩い真紅の光を生み出した。周囲の空気が沸騰し、窓ガラスがガタガタと音を立てて震える。


『魔剣』は遠い。守り手もない。完璧な奇襲。


狙うは、首筋の中心――!

灼熱の魔力を帯びた刃の先端が、ライオスの剥き出しの喉元へと吸い込まれるように突き立てられた。――その瞬間、勝敗が決したと確信した。


だが。

「――お遊戯にしては、趣向が足りんぞ」


豪快な嘲笑と共に、金属的な衝撃音が寝室の天井を揺らした。

突き立てたはずの短剣の先端が、あと僅かのところでピタリと止まっている。


ライオスが動かしたのは、武器ではない。ただの、素手だった。

正確無比なタイミングで繰り出された皇帝の掌が、魔力を纏った短剣の刃を直接、素手で握り潰すように受け止めていたのだ。

炎の魔力がライオスの指先を舐めるが、その皮膚はまるで神鉄のようにびくともしない。魔剣なしですら、この男の肉体そのものが異常なまでに鎧と化していた。


「そんな……!?」


絶句するレイリアの視線の前で、ライオスが冷酷に目を細めた。「何者だ、ただの間者とは思えぬ?」


「今はこの姿だが、レナース・フォン・ステラルプスだ。俺を忘れたとは言わせん、ライオス! 父帝・ルドルフの仇、討ちに来た――!」

レイリアが叫び声をあげながらさらに魔力を込める。


「その碧色の瞳……思い出したぞ。五年前、みっともなく泣き叫びながら城から逃げ延びた、あの皇子か」ライオスは鼻で笑い、凄まじい膂力でレイリアの身体を丸ごと片手で弾き飛ばした。


家具が砕け散り、華美な絨毯の上にレイリアの柔らかな身体が激しく転がる。

侍女の制服がはだけ、無防備に露出した白い肩が痛々しく床に打ちつけられた。


「愚か者が。ネズミが一匹紛れ込んだと思えば、わざわざ首を差し出しに来るとはな。しかも、女の振りをして生き延びておったとは、まさに……女々(めめ)しいな」


ライオスが立ち上がり、周囲の空気が重圧で圧縮されていく。

だが、その時――ガチャリ、と、廊下の向こうから無数の鎧が擦れ合う喧騒が響いた。先ほどの魔力の爆発と物音に気づいた近衛兵たちが、一斉に寝室へ雪崩れ込んできたのだ。


「陛下に何事――!」重装の漆黒の鎧騎士が数人、勢いよく飛び込んでくる。


「侵入者だ! "お客人"を取り押さえろ!」



つづく


読んで頂けただけでもありがたいのに、誤字脱字報告、とても感謝しています。

ブクマ、リアクション、励みになっています。評価をくださった方、書き続ける気力が湧きました!!

皆さま、ほんとうにありがとうございます。

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