帝都・裏通りにて
「アルティスじゃないか。また金を借りに来たのか」
「まさかな。あの剣を買い戻しに来た」
アルティスは、ずしりと重い金貨の袋を机に置いた。
「賭博で勝ったか。いや……顔つきが違うな。本命の彼女でも出来たか」
店主は、ちらりとレイリアの方を見た。
血と泥に塗れた革袋が、油染みだらけのカウンターに叩きつけられる。
弾けた粗い縫い目から、帝国の金貨が傾いた床へ転がり出た。
「数えろ。耳を揃えて持ってきた」
煙と錆の匂いが充満する、帝都最下層の闇市。
質屋の淀んだ空気の中、アルティスは低く唸った。
「俺の『黄金の剣』を返してもらおうか」
格子越しの灯が、アルティスの双眸に宿る血走った焦燥をあぶり出す。
不眠不休の旅路、外套はボロボロだ。
だが、声には一切の妥協がない。
質屋の主人は、分厚いレンズの奥でギョロリと目をむいた。
「ひ、ひひ……よく来られましたねぇ。どうやって作ったんですか、こんな大金」
「世間話をしに来たんじゃない。剣を返せ」
身を乗り出し、主人の胸ぐらをつかみ上げる。
手の平に伝わる早鐘の鼓動。
『黄金の剣』――あれは単なる業物ではない。
あの魔剣こそ、現皇帝ライオスの喉元に食らいつく唯一の鍵。
逆に、帝国の手に渡れば、希望は永遠につみ取られる。
( 是が非でも、今日、ここで取り戻す)
「お、落ち着いてくだせぇ! 金は受け取りました! ですがね……」
主人の視線が宙を泳ぐ。
奥の厳重な保管庫――
そこは、もぬけの殻だった。台座だけが虚しく鎮座している。
「……どういうことだ」
アルティスの声が、冷たく響いた。
「し、仕方がなかったんでさぁ! 約束を三日も過ぎるから……あの"お方"が言い値の倍を積んできて……!」
「誰に売った。いつだ」
「た、たった今……ほんの十分前でさぁ! 金は返す、だから命だけは……!」
十分前。
なら、この地下街の迷路を抜けきれてはいない。
最短で駆け抜ければ追いつける!
主人の胸ぐらを突き飛ばし、踵を返そすと、地下道を進む。
半ば隠し扉のような戸口をこじ開け、さらに地下へ急ぐ。
――その時だった。
足音も、気配もない。
ただ、甘ったるい香木のような匂いが鼻腔をくすぐった。致死性の毒の匂いだ。
「くっ、来るな……お嬢」
咄嗟に危険を察したアルティスは、レイリアを扉の向こうに押し込む。
地下道の向こうに人影が見えたかと思うと、すぐに消えた。
「誰かいるのか……どこだ」
「動くなよ、野良犬」
耳元で、落ち着いた男の声が響く。
頸動脈に押し当てられた、氷のように冷たい暗器。わずかに食い込めば鮮血が噴き出す。
「こんな"ガラクタ"に命を張るとはね。逃げ回る野良犬にしてはロマンチストじゃないか」
背後の気配は、圧倒的な死を纏いながらもどこか楽しげだ。
視線を動かす。闇に溶ける漆黒の外套。
そこから覗くのは、狂気を孕んだ赤紫の瞳と、女すら嫉妬する美貌。
その男――クロード。
帝国の裏社会を牛耳る『影の会計頭』であり、元・帝国側の暗殺者だった。
その手には、『黄金の剣』が弄ばれていた。
「返せ。それは俺の……」
「お前の? 違うな。たった今、俺の帳簿に記帳された資産だ」
クロードは首筋に刃を当てたまま、クスリと優雅に笑った。
「さて、この剣に命を懸ける価値があるのか、証明してもらおうか。……追っ手が匂いを嗅ぎつけてきたぜ?」
重厚な鉄扉の向こうから、鈍い足音が急速に近づいてくる。帝国の追跡者だ。
おそらく、先日、レイリアを狙った連中だろう。
退路は塞がれ、目の前には剣を奪った美貌の刺客。
四面楚歌の暗闇で、アルティスは静かに息を吐き出した。
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