死神の追跡者たち
決意の熱がアルティスの拳に宿った、まさにその刹那だった。
「何かが来る……アルティスとやら、その決意、本物か見せてもらえるか」
「この殺気、只者じゃないな」
鼓膜を劈くような轟音と共に、樫の扉と窓硝子が同時に吹き飛んだ。
木っ端微塵になった色ガラスが、凶器となって室内へ降り注ぐ。
「伏せろ!」
アルティスは反射的に床を蹴り、レイリアの細い腰を抱き寄せて絨毯の上へ転がった。
姿を現したのは、全身を分厚い黒鋼の甲冑で包んだ三人の巨漢だった。
その肩当てには、武門の家系であるロファード侯爵家の紋章が刻まれている。簒奪者ライオスに与し、宮廷を血に染めた『死神騎士団』の刺客だ。
無骨なハルバードを振り上げた。
「侯爵令嬢とお見受けした。侯爵がよい返事をしないのでね、見せしめに死んでもらおうか」
「父上も、私も、ライオスの言いなりになるつもりはない」
丸腰のアルティスの視界の端で、レイリアが身を翻す。
その瞬間、レイリアのドレスが、まるで意思を持っているかのようにふわりと空気を孕んだ。幾重にも重ねられたチュールとノイズレスのシフォンが、高速のターンに合わせてシャクッ、シャシャクッ、と衣擦れの音を立てる。
遠心力で釣り鐘型に広がったスカートの裾が、床に落ちたガラス片を優雅に掃き飛ばし、雪のように白い最高級のアランソンレースが窓からの光を透かして、彼女の白い肌に精緻な影の網目を落とした。どんな死地の只中にあっても、その姿は完璧な造形美を保ち、一点の隙もなく気高く咲き誇っている。
――守る。今度こそ、必ず。
アルティスの脳内で、錆びついていた近衛騎士の本能が完全に覚醒した。
彼は絨毯に転がっていた、先ほど父から受け取ったばかりの「ずしりと重い金貨の革袋」を鷲掴みにする。
ギィンッ!
振り下ろされた敵のハルバード(槍斧)の斬撃を、執務机を蹴り上げ天板で斜めに受け流す。木材が叩き割られる破砕音。敵の体勢が前のめりに崩れた一瞬の隙を突く。
アルティスは握りしめた金貨の袋を、金属の質量兵器として敵の兜の面頬へフルスイングで叩き込んだ。
鈍い陥没音と、兜の中で鼻骨が砕ける嫌な感触が革越しに伝わる。
よろめいた巨漢の腰元から、アルティスは滑るような手つきでロングソードを抜き放った。
「あんたの剣の師匠、ラスト伯爵には及ばないがね」
血の味のする唾を吐き捨て、アルティスは奪い取った刃を構えた。
残る二人が同時に襲いかかってくる。あの雨の夜の悪夢と同じ、圧倒的な膂力と質量による蹂躙。
だが、今のアルティスは怯まない。
敵のハルバードが空を切る風圧を頬に感じながら、彼は極限まで低い姿勢で懐へ潜り込んだ。刃を真っ向から受けるのではなく、滑らせ、逸らす。鋼と鋼が甲高く擦れ合い、散った火花がレイリアの象牙色のベルベットリボンを黄金色に照らし出す。
アルティスは手首を返し、甲冑の隙間――膝裏の関節と、首元のチェインメイルの継ぎ目へ、流れるような連撃を叩き込んだ。
ごぼり、と血の泡を吹く音。
重厚な黒鋼の鎧が、次々と糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていく。
静寂が戻った部屋には、血の匂いと、微かに残る茶葉の甘い香りが漂っていた。
執務机の上で倒れたインク瓶から、美しいプラチナ装飾のガラスペンの先を伝い、蒼いインクが血溜まりへと滴り落ちている。
アルティスは剣についた血糊を、敵の外套で無造作に拭い取った。乱れた呼吸を整え、彼はゆっくりと振り返る。
そこには、破片の散乱する床の上に、一切の乱れのない象牙色のドレスを纏って静かに佇むレイリア――いや、ステラルプス帝国の正統なる後継者の姿があった。
アルティスは血濡れた剣を床に突き立て、その場に深く、恭しく片膝を突いた。
泥だらけのブーツも、薄汚れたシャツも、今の彼には関係ない。
「……前金は、確かに受け取りました」
見上げる彼の瞳には、かつて皇妃リリィに誓いを立てた日と同じ、混じりけのない強い光が宿っていた。
「まずは帝都の薄汚い質屋へ寄り、私の『半身』を取り戻します。――その後、簒奪者の首を落として見せましょう、……我が君」
窓から吹き込んだ湖の風が、絶望の雨雲を吹き飛ばすように、二人の間を清々しく吹き抜けていく。
帝都へ急ぐ二人。だが、質流れの約束の時間は。刻一刻と迫っていた。




