質入れされた黄金の剣、遊び人・アルティス
アルティスは馬を走らせた。
頬を撫でる風が、刺すような冷気から、豊かな水気を孕んだ柔らかいものへと変わっていく。
半島の中央に君臨するステラルプス帝国。
その帝都から離れた湖水地方は、澄み切った水を湛える湖群と深い森に抱かれていた。
剣を買い戻すための莫大な金。
それを手に入れるため、アルティスは勘当同然で飛び出した実家
――レーク侯爵家の門を叩いた。
「……随分と、ひどい臭いをさせているな、アルティスよ」
温厚な資産家であり、徹底した平和主義者として知られる父、レーク侯爵は、上質な木製のの執務机越しに目を細めた。
部屋を満たしているのは、採れたての茶葉が放つ芳醇で甘い紅茶の香り。白磁のティーカップから立ち上る湯気が、父の穏やかな輪郭をぼやかしている。
「金だ、金が要る」
単刀直入に告げた息子に対し、父は静かに、ずしりと重い革袋を机の上に滑らせた。中身の金貨が鈍く擦れ合う音が、アルティスの鼓膜を甘く打つ。
「また、遊ぶ金か。こいつを持っていくとよい。ただし……仕事をしてもらう」
「今更……俺に何ができるってんだ」
「密かに保護した訳ありの”令嬢”がいる。彼女の護衛を引き受けるなら、これは前金として渡そう」
皇帝ルドルフ16世が倒れ、ライオスが新たな皇帝として帝国を支配してから、すでに五年。
宮廷は血生臭い粛清の嵐の中にあるはずだ。にもかかわらず、この湖水地方の領主は、どこまでも波風を立てない静かな瞳をしていた。
(……護衛だと?)
アルティスは革袋をひったくるようにつかみ取った。手の平に伝わる確かな金属の重み。これさえあれば、あの質屋から黄金の剣を奪い返せる。
だが、落ちぶれた今の自分に、貴族の令嬢のご機嫌取りなどできるはずもない。いや、する気もなかった。
(無作法に振る舞って、向こうから泣いて断らせればいい)
そうすれば、前金だけを懐に入れてこの温室から立ち去れる。アルティスは脂にまみれた前髪を乱暴に掻き上げ、泥だらけのブーツの踵をわざと強く鳴らしながら、令嬢があてがわれているという離れの客室へと向かった。
磨き上げられた廊下を進み、彫刻の施された樫の扉の前に立つ。
「上品なお嬢様を嫌がらせる趣味ではないが……、悪く思うなよ」




