サロンの毒蛇女たちと『令嬢』デビューした元皇子 完結編
恐る恐る見上げるレイリア。
レオンハルトが狂おしいほどの歓喜を瞳に宿し、一歩踏み込んできた。
「素晴らしい分析だ。私の知る限り、それほど完璧な防衛論を展開できた者はただ一人……今は亡き、我が親友、レナース殿下だけだ」
レオンハルトがしゃがみ込み、レイリアの細い顎をくいっと指先で持ち上げた。
顔が、触れそうなほど近い。
「君は一体、誰だ?」
正体発覚まであと数センチ。
だが――レイリアは逃げなかった。
上目遣いのまま、可憐で狡猾な微笑みを浮かべる。
「ふふ……レオンハルト様ったら。亡き皇子殿下とお比べいただけるなんて光栄ですわ」
胸元に細い手を当て、首をちょこんと傾けた。
「ですが種明かしをしますと……今のはすべて、レーク家の書斎にあった『レナース皇子の防衛手記』の受け売りに過ぎませんの。わたくし、丸暗記が得意なだけで……内容の意味すら理解しておりませんのよ? お恥ずかしい……♡」
可憐な少女の"ただの丸暗記です"という言い訳。
どれほど怪しくとも、可憐な令嬢の皮を被り続ける限り、それ以上は追及できない。
「……手記の、丸暗記か」
レオンハルトの手が、ゆっくりと顎から離れた。
(ふぅ……危なかった……!)
レイリアは優雅に立ち上がると、公爵夫人に向かって美しく膝を折った。
「公爵夫人、知ったかぶりをして大変失礼いたしました」
儚げな美しさと、完璧な謙遜。
正気に戻った公爵夫人の目が、輝きを帯びる。
「……いいえ! 浅薄な噂話しかできない令嬢より、ずっと知性に満ちていましたわ。さあ、こちらへ」
夫人は自らティーポットを持ち、サロン最高峰の「上席」へレイリアを招いた。
注がれるのは、琥珀色に輝く最高のダージリン。
「冷めたお茶ではなく、最高の温もりをあなたに差し上げますわ。賢く可憐なレイリアさん」
「身に余る光栄です~♡」
真っ赤になって震えるマリエルを横目に、レイリアは優雅に上席へ腰掛けた。
嫌がらせの撃退、公爵夫人の寵愛、家の危機回避。
――作戦目標、完全達成だ。
(ふふん、見たか!)
温かい紅茶を口に含むレイリアの背中に、じっとりと熱い視線が刺さる。
壁際に立つレオンハルトだ。
その金の瞳の疑念と熱は、まったく消えていない。
(しつこい男だな……)
レイリアは湯気越しに、公爵夫人から見えない角度でほんの数ミリ口角を上げた。
男だった頃、宮廷で彼を挑発するときに見せていた『不敵な悪童の笑み』を、美少女の顔で浮かべてみせる。
ピクッ、とレオンハルトの息を止めるのが見えた。
(追ってくればいいさ、レオンハルト。このドレスという"甲冑"を着ている限り、俺は捕まらない。……それに)
ぎゅっと締め付けられるコルセットと、甘い紅茶の香り。
(女たちの戦場も、案外悪くないな)
レイリアはドレスの裾をふわりと揺らし、咲き誇る華やかな百合のように、完璧な令嬢の微笑みを咲かせたのだった。




