サロンの毒蛇女たちと『令嬢』デビューした元皇子 後編
「やあ、遅れてしまってすまない、公爵夫人」
群青の夜会服を纏った、鋭い金色の瞳の青年。
近衛騎士団長レオンハルト。かつて戦場で背中を預け合った、レナースの「元部下」でありライバルだ。
ドキドキと胸の鼓動が鳴り響く。
(レオンハルト……!? なぜ奴がここに……!)
歩み寄ってきたレオンハルトは、レイリアの前で立ち止まると、すっと深く腰を折った。
そして――レイリアの華奢な手を取り、指先にそっと唇を寄せる。
「はぁ……なにを!?」
熱い吐息と、男らしい手の硬さ。
(うわっ、男に手袋越しにキスされた!?)
元・男子の思考が大パニックを起こす。
それと同時に、女の子になった身体がキュンと甘く痺れ、顔がカッと熱くなった。
(な、なんだこの反応は!? 落ち着け俺! 相手は元部下で従兄弟だぞ!)
「はじめまして、レイリア嬢。……不思議だ。君のその瞳の奥……深く見覚えがある」
至近距離から覗き込んでくる金色の瞳。
社交界の挨拶ではない。獲物を追いつめる肉食獣の目だ。
(しまっ――た! こいつ、歩幅や呼吸の癖で勘づいているのか!?)
焦るレイリアに、赤っ恥をかかされたマリエルがすかさず追い打ちをかけてきた。
「そういえばレオンハルト様! レーク侯爵家が主張する『鉱山利権』ですが、あそこは防衛の足引っ張りだと伺いましたわ。レイリア様もお答えになれませんでしょ?」
(ちっ、無知な女と嘲笑わせる気か。だがな――)
レイリアは冷めたカップをそっと置いた。
「防衛線を後退させればアルテン山脈の天然の要塞を失いますわ。平原部では三倍の兵力が必要になり、魔導銀の供給が止まれば王都の防衛費は跳ね上がります。……マリエル様のお家で、その増税分をご負担いただけますの?」
流れるような完璧な軍事分析。
マリエルは言葉を失い、サロン全体が静まり返った。
(……あ)
言い切った瞬間、冷や汗が吹き出た。
(やってしまった……! 田舎の令嬢が知っていていい情報じゃない!!)




