ボクを貴方の『令嬢』にしてください♪
――数日後。
あちこちが破れたドレスに泥だらけの靴。
ある湖の水鏡に映るのは、か細く華奢な金髪の美少女レイリア
――レナース皇子の今の姿だった。
『レーク侯爵は新皇帝軍に寝返った』という絶望的な噂。
もし本当なら、こんな無力な体で乗り込めば待っているのは「死」か「凌辱」か。
(いや……ボクに引き返す場所などない!)
男の腕なら軽々扱えたはずの体は失われた。だが、魂まで屈した覚えはない。
ナディールの遺言と、命を賭して自分を逃がしてくれた者の想いを胸に、レーク侯爵の館へ足を踏み入れた。
◇
「おいたわしや。このようなお嬢さんが我が領地へ……」
厳重な警備が敷かれた執務室。
重厚な木製の扉の向こうで、老侯爵は冷淡に息をついた。
周囲の兵士たちも「ただの哀れな避難民の少女」と蔑むような視線を向けてくる。
だが、レイリアは怯まない。
ガラス細工のように華奢な背筋をピンと伸ばし、透き通る碧き瞳で侯爵を射抜いた。
「レーク侯爵。私を覚えているか。帝国第一皇子、レナース・ルドルフ・フォン・ステラルプスだ」
静寂。
「正気を失ったか」
「ただの娘が何を」と周りの衛兵たちの呆れた嘲笑がもれた。
侯爵もまた少女の虚言と切り捨てようと首を横に振る。
「すまないが……美しい金色の髪と勝気な物言いだけでは、皇子殿下とは信じられん。そして、レナース殿下はれっきとした男性でいらっしゃる。お引き取りください……お嬢さん」
「そうだろうな」
レイリアは遮るように言い放つと、腰の騎士用短剣を抜いた。
男の頃なら片手で軽かったそれが、今の細い腕にはズシリと重い。
――だが、迷いはなかった。
可憐な美少女は刃を逆手に持ち、冷たい殺気を放つ刃先を、自らの真っ白な喉元へ突きつけたのだ!
( レナース様……)
肩のアギルが悲鳴を上げる。もちろん、ピピピ~としか聞こえない。
ぷるぷると震える細い指先。今にも切れそうな白い首筋。
だというのに、その瞳に宿るのは、いかなる宝石よりも気高く鋭い帝王の覇気だった。
「信じてもらえないなら――今すぐ私を『皇子を詐称する罪人』としてその手で斬れ! だが、一片の真実を見出すなら耳を貸すとよい!」
レイリアの短剣に赤い血が数滴、滴り落ちる。
「……」
その言葉にレーク侯爵はカッと目を見開く。
「帝国の誇りと、命と引き換えに私を生かした女魔導士の遺言にかけ、私は生き延びねばならんのだ!」
「なっ、なんと」
静まり返る部屋で、侯爵の目が限界まで見開かれた。真実を見極めようと、瞬きもせず。
(これは……この凄絶な眼光。間違いない。先帝陛下とリリィ妃殿下の面影が、この少女の奥底で燃え盛っている )
「レ、レナース皇子、……殿下」
老紳士は弾かれたように立ち上がると、震える脚で歩み寄る。
戦慄と圧倒的な敬意を込めて、レーク侯爵はその場に膝をついた。




