慣れない女の子の身体での旅
冷たい夜風が、薄い布地を容赦なくすり抜けていく。
(……なぜだ。たかが半日歩いただけで、ここまで息が上がるなど)
かつて帝国の近衛騎士とも互角以上に剣を交えたレイリアの脚は、今や鉛のように重かった。
自身の変化には気づいている。
女性になってから重心の位置が違う。骨格が軽く、筋肉が足りない。
( 男性の頃であれば汗すらかかなかった程度の山道なのに~)
華奢な身体からは容赦なく体温と体力を奪い去っていく。
視界がやがむ。
ついに耐えきれず、レイリアは湿った腐葉土の上に膝をついた。
美しい長い髪が泥に汚れるのも構わず、荒い息を吐く。
「ピィッ、ピピィ!」
頭上から悲痛な鳴き声が降ってきた。青灰色の羽を持つ小鳥
——従者アギルだ。
彼は小さなくちばしに、解熱作用のある薬草の葉をくわえていた。
「……すまない、アギル。情けない主君で」
震える細い指でそれを受け取ろうとした瞬間、茂みがガサリと揺れた。
暗闇から現れたのは、飢えた眼光を放つ一匹のヤマネコだった。
その視線は、倒れ伏すレイリアではなく、空中で羽ばたく小さなアギルに釘付けになっている。
(させるかぁ~!)
レイリアは反射的に傍らの太い木の枝を掴み、立ち上がった。
脳裏にあるのは、幼き日より学んできた剣術。
ソードマスターと讃えられるラスト伯爵からの直伝の技。
ヤマネコの跳躍に合わせ、鋭い踏み込みからの一撃を放つ——はずだった。
しかし、足に力が入らない。
枝を握る握力すらひどく頼りなく、振り抜いたはずの一撃は、空を切って虚しく地面を叩いた。
「あっ、そんなはずは」
バランスを崩し、無防備に尻餅をつく。
ヤマネコの鋭い爪が、アギルへと迫る。
レイリアは咄嗟に身を挺し、己の腕で小鳥を覆い隠した。鋭い痛みが白い肌を裂き、鮮血が滲む。
◇
どうにか獣を退け、這うようにしてたどり着いた宿場町でも、現実は残酷だった。
「おいおい、こんな夜更けに迷子かい? 随分と上玉じゃねえか」
路地裏で立ち塞がったのは、ひどく酒臭い息を吐く三人のならず者たちだった。
熱で霞む頭で、レイリアは彼らの動きを冷静に分析する。
(右の男が大振りをしてくる。そこを躱し、手首を極めて投げを打つ——)
男の手が、レイリアの細い肩に伸びる。
レイリアは身を沈め、男の腕を掴んで捻り上げようとした。完璧なタイミング、完璧な技の軌道だった。
しかし、男はピクリとも動かなかった。
「あ? なんだ嬢ちゃん、手ぇ繋ぎたいのか?」
下品な笑い声。
力一杯捻っているはずなのに、レイリアの細い腕力では、成人男性の腕の骨格を動かすことすらできない。
逆に、あっさりと手首を掴み返され、強引に引き寄せられた。
男の分厚い手のひらと、圧倒的な暴力の気配。
(これが……『女性の身体』だというのか……!)
誇り高き皇子の自尊心が、初めて絶望的なまでの「力の差」という現実の前に、音を立ててひび割れようとしていた。




