第三話「鬼哭」①
村を出て、ひと月と少し。
荷馬車の護衛をしたり、逃げた家畜を捕まえたりして路銀を稼ぎながら、ロディはずいぶん遠くまで来ていた。
さて、次はどこへ行くか。
「この道をまっすぐ行けば、三日ほどでハルネって町に着く」
街道脇に停めた荷車の横で、行商人が地図を指差した。
「こっちへ行くと?」
「村が二つある。その先は山だな」
「面白いもんある?」
「知らんよ。お前さん、道を聞きたいんじゃなかったのか?」
「だから聞いてる」
行商人は呆れた顔で地図を畳みかけ、ふと手を止めた。
「まあ、どこへ行くにしても西の旧道だけはやめとけ」
「なんで?」
「古戦場がある」
ロディの目が動いた。
「古戦場?」
「ああ。昔、大きな戦があった場所らしい。今でも魔物が出るし、夜になると死んだ兵士が歩いてるなんて話もある。道も荒れてるから、わざわざ通る理由がない」
「へえ」
「その顔はなんだ」
「別に」
「行く気だろ」
「まだ何も言ってねえぞ」
「絶対に行くなよ」
行商人と別れたあと、ロディは西へ向かった。
古戦場なら、武器があるかもしれない。
名のある武器が残っている保証などない。戦場だったのがいつなのかさえ聞き忘れた。それでも、使われた武器の数だけなら普通の街道よりずっと多いはずだ。
外れでも、何か見つかれば儲けものだった。
◇
その日のうちに旧道へ入り、さらに二日歩いた。
人の姿はほとんど見なくなった。石を敷いてあったらしい道はところどころ土に埋まり、割れた石柱や崩れた壁が草の間から顔を出している。
日が落ちる前に、ロディは風を避けられる岩陰を見つけた。
火を起こし、干し肉を炙る。
「……硬え」
噛んでもなかなか千切れない。水で流し込みながら、次の町ではもう少しましな保存食を買おうと決めた。
《煌日》は手の届くところに置いてある。
辺りは静かだった。
虫の声に混じって、火の中で薪が弾ける。
食事を終えたロディが横になろうとしたとき、炎の向こうに誰かが立っていた。
「ん?」
兵士だった。
二十歩ほど先に、槍を持った男がいる。
古びた兜。胸当ては割れ、腹の辺りが黒く汚れていた。俯いているせいで顔はよく見えない。
ロディは《煌日》を掴んだ。
「おっさん。こんな時間に何してんだ?」
返事はない。
男が背を向けた。
「おい」
追うべきか迷ったのは、ほんの少しだった。
こんな場所を夜中に一人で歩いている兵士が、まともな旅人であるはずがない。
だからこそ気になる。
ロディは焚き火へ土をかけ、《煌日》を腰へ差した。
「待てって」
兵士の後を追う。
近づいているはずなのに、距離が縮まらない。
十数歩進んだところで、男の姿がふっと消えた。
ロディは足を止める。
「……やっぱ人じゃねえな」
右手が柄へ伸びた。
そのとき、少し先にまた兵士が立っていた。
さっきより遠い。
こちらを向いている。
顔が見えない。
やがて男は音もなく歩き出した。
「誘ってんのか?」
答えはない。
ロディは兵士を追った。
◇
木々が途切れた。
月明かりの下に、広い荒野が現れる。
いつからか、虫の声が消えていた。
土に半ば埋まった盾。折れた槍の穂先。苔の張りついた石壁。遠くには崩れた物見台らしき影も見えた。
古戦場。
先を歩いていた兵士は、いつの間にか消えていた。
代わりに、別のものが目に入った。
戦場の中央付近。
地面へ一本の槍が突き立っている。
長い柄は黒ずみ、穂先には月明かりとは違う鈍い赤が滲んでいた。
その周囲に、人影がある。
一人ではない。
兜を被った兵士。首の曲がった男。片腕のない影。
十を超えていた。
誰も動かない。
全員が、槍の方を向いている。
ロディの口元が上がった。
「当たりじゃねえか」
腰の《煌日》へ手を置き、一歩踏み出す。
そのときだった。
「お前も、あれが欲しいのか」
低い声が横から飛んできた。
ロディは飛び退き、《煌日》を半分まで抜いた。
「誰だ!」
崩れた石壁の陰から、大男が姿を現した。
でかい。
まず、それが目に入った。
ロディより頭二つどころではない。肩幅も厚みも、そこらの男とはまるで違う。
背中に槍がある。その横に斧。腰には刀とカトラス。反対側には柄の長いハンマーまで吊っていた。革帯を何本も身体へ回し、武器を無理やり括りつけている。
歩くたび、金具が鳴った。
ロディは思わず数えた。
「……お前、なんでそんなに持ってんだ?」
「必要だからだ」
「何に?」
「戦うのに」
「絶対全部はいらねえだろ」
大男は答えず、地面へ突き立った槍を見る。
「あれは《鬼哭》だ」
「知ってんのか?」
「豪傑ジンバの愛槍だ」
大男の目が細くなる。
「あれを探してここまで来た」
ロディは《鬼哭》を見る。
もう一度、大男を見る。
「『お前も』ってことは、お前も欲しいんだな?」
「ああ」
「じゃあ帰れ」
間を置かず、大男が返した。
「お前が帰れ」
ロディの眉が上がる。
「俺が先に見つけた」
「俺はお前より先にここにいた」
「でも見つけたのは俺だろ」
「俺も見つけていた」
「……先に言ったのは俺だ」
「ならん」
妙に真面目な返事だった。
ロディは大男を見上げた。
「お前、名前は?」
「ドミニクだ」
「長えな。ドムでいいか」
「好きにしろ」
「俺はロディ」
「そうか」
「興味なさそうだな!」
ドムはすでに《鬼哭》へ視線を戻していた。
槍の周囲では、立ち尽くしていた兵士たちが動き始めている。
一人、また一人と顔を上げた。
暗く窪んだ眼窩の奥に、青白い火が灯る。
ロディは《煌日》を抜いた。
隣では、ドムが背負っていた斧へ手を伸ばしている。
「先に取った方のもんでいいな?」
「駄目だ」
「なんでだよ」
「俺が取るからだ」
ロディは鼻で笑った。
「やっぱお前、嫌いだわ」
「そうか」
死んだ兵士たちが、二人へ向かって歩き出す。
その向こうで、《鬼哭》だけが赤黒い光を滲ませていた。




