第三話「鬼哭」②
最初に動いた死兵は、錆びた剣を引きずっていた。
青白い火を宿した眼窩がロディへ向く。
「そっちは任せた」
「断る」
「じゃあ早い者勝ちだ」
ロディは《煌日》を手に駆け出した。死兵が剣を振り上げる。身体を沈めて懐へ潜り込み、脇腹を薙ぐ。淡い金色を引いた刃が朽ちた鎧ごと胴を断った。崩れ落ちる身体を飛び越える。
《鬼哭》までは、まだ遠い。
横から突き出された槍を《煌日》の穂先で弾き、柄を掴む。引き寄せた勢いで死兵を蹴り倒し、奪った槍を別の一体へ投げつけた。穂先が胸を貫き、そのまま地面へ転がる。
「よし」
「拾え」
背後から低い声が飛んだ。
「今それどころじゃねえだろ」
ドムが何か言い返す前に、死兵が三体まとめて迫った。
大斧が唸る。一体目の盾ごと腕を砕き、そのまま返した刃で二体目の首を刎ねる。残った一体が懐へ入ると、ドムは斧から手を離した。
斧が地面へ落ちる前に、別の手で柄を掴み直して背負う。空いた右手には、いつ抜いたのかカトラスがあった。
死兵の剣を受け流し、そのまま斬り上げる。
「なんだそりゃ」
また別の死兵が槍を構える。今度はドムも背中の槍を抜いた。穂先が交差した次の瞬間、死兵の槍が跳ね上げられ、その喉へドムの穂先が突き込まれていた。
ロディは足を止めかけた。何を持たせても同じだ。
いや、同じではない。
斧なら重さを叩きつけ、カトラスなら狭い間合いへ潜り込む。槍を持てば、長い腕まで使って相手を寄せつけない。背中に山ほど武器を担いでいる理由が、少しだけ分かった。
死兵を斬り払いながら進む。数は減っていたが、倒したはずの一体から青白い靄が立ち上った。
夜気に散らず、細く伸びて《鬼哭》へ吸い込まれていく。
槍の穂先に滲む赤黒い光が、一瞬だけ強くなった。
周囲を見回す。
死兵たちは一定以上は《鬼哭》から離れない。ロディが後ろへ下がると途中で足を止め、槍の周囲へ戻っていく。
「こいつら、《鬼哭》を守ってんのか」
「違う」
「じゃあ何してんだよ」
ドムは地面へ倒れた死兵を見た。そこからも青白い靄が浮かび、《鬼哭》へ流れている。
「縛られている」
昨夜、自分をここまで連れてきた兵士が頭に浮かんだ。消えては先に現れ、最後にはこの古戦場まで導いた奴だ。
「じゃあ、俺をここへ連れてきた奴も」
「知らん」
「知らねえのかよ」
「俺はそいつを見ていない」
ドムは《鬼哭》へ目を向ける。
「だが、あれが死者を引き寄せているなら、逆もあるかもしれん」
「生きてる奴を連れてくるってことか」
「槍に聞け」
「聞いて答えたら怖えよ」
再び死兵が迫り、二人は前へ出た。最後の一体を斬り伏せた頃には、《鬼哭》まで十歩もなかった。
息を整えながら進む。
胸の奥が妙に熱い。
隣を歩くドムを見る。
邪魔だ。先に斬ればいい。《煌日》なら届く。
柄を握る手に力が入った。
「あ?」
ロディは自分の右手を見た。何を考えていた。
ドムが足を止める。
「感じるか」
「お前も」
《鬼哭》の穂先から、赤黒い光がゆらゆらと立ち昇っている。
「ジンバはあれで大勢を殺したそうだ」
「それで、こんなもん溜め込んだのか」
ロディは《煌日》から手を離した。
《孤塁の剣》がエリックとともに町を守ったことでアンデッドを遠ざける力を得たなら、人を殺し続けた槍が何を覚えるのか。考えれば、あまり気持ちのいい答えではなかった。
「ますます欲しくなった」
「同感だ」
「そこは引けよ」
二人はほぼ同時に歩き出し、《鬼哭》へ手を伸ばす。
ロディの指とドムの指が同時に柄へ触れた。
「俺が先だ」
「俺だ」
「俺の方が指一本上だった」
「同時だ」
「じゃあ俺ってことで」
「ならん」
睨み合っていると、ドムが先に手を離した。
「戦って決めるか」
ロディの口元が上がる。
「いいな。それ」
ドムは《鬼哭》から離れ、先ほどロディが投げ捨てた槍のところまで歩いていった。拾い上げ、土を払う。
「それ使うのか」
「違う」
ドムが振り返る。
「武器を粗末にするな」
「は?」
「投げるなとは言わん。武器なら使え。だが、使った後くらい拾え」
「死兵の槍だぞ」
「だから何だ」
ロディは口を閉じた。
ドムは柄が曲がっていないか確かめると、死兵のそばへ槍を置いた。
「変な奴だな、お前」
「お前に言われたくない」
「そんなに武器が好きなのか」
「好きだ」
即答だった。
「だから千本集める」
「千本?」
「名のある武器を千本だ。今は十九本。《鬼哭》で二十本目になる」
「あと九百八十本もあるじゃねえか」
「分かっている」
「なんで千本なんだ」
ドムは少し黙り、《鬼哭》へ視線を戻した。
「昔、千本の武器を集めようとした男がいた」
「へえ。そいつもお前みたいな変人か」
「武蔵坊弁慶」
ロディの笑いが消えた。
「……今、なんつった?」
ドムがこちらを見る。
「武蔵坊弁慶だ」
知っている。秀吉の記憶に、その名がある。この世界の人間であるはずがない。
「なんで、お前がその名前を知ってる」
「覚えているからだ」
「覚えてる?」
「弁慶が見たものも、戦った相手も、自分がどう死んだかもな」
ロディの指が、《煌日》の柄の上で止まった。ドムは何でもないことのように続ける。
「俺には、武蔵坊弁慶の記憶がある」
風が古戦場を抜けていった。ロディは返す言葉を忘れた。
自分以外にも、いた。




