第三話「鬼哭」③
聞きたいことはいくらでもあった。
なぜ弁慶の記憶を持っているのか。いつからなのか。自分と同じなのか。
だが、ドムは槍を手に取った。
「話は後だ」
「……そうだな」
《鬼哭》を取るのは一人。それを決める方が先だった。
ロディは《煌日》を抜く。淡い金色が刀身を走った。
「どこまでやる?」
「どちらかが負けを認めるまでだ」
「死んだら?」
「負けだな」
「それは負けすぎだろ」
ドムは槍を構えた。冗談を言っている顔ではない。
ロディは息を吐き、腰を落とす。
「じゃあ、始めるぞ」
返事を待たずに走った。
槍の相手に正面から近づく気はない。左へ大きく回り、崩れた石壁を挟む。
ドムも動く。速い。あの身体で、ロディの動きに遅れない。
石壁の端から飛び出すと同時に《煌日》を振る。穂先が迎え撃った。刃を合わせず身を沈め、足元へ滑り込もうとする。柄が落ちてきた。
肩を打たれる寸前で転がる。
「いってえ!」
掠っただけなのに痺れた。起き上がるより先に穂先が迫る。ロディは地面に落ちていた盾を拾い、前へ突き出した。
激しい音とともに槍が盾へ刺さる。
「もらった!」
盾を捻って穂先を巻き込み、そのまま踏み込む。
ドムは槍を放さなかった。柄を強く引く。ロディの身体ごと盾が持っていかれた。
「うおっ」
盾を離す。その隙に槍が引き抜かれた。まともに力比べをする相手じゃない。
ロディは走った。
「逃げるのか」
「まさか」
落ちていた槍を拾う。さっきとは違い、投げない。《煌日》を鞘へ戻し、両手で構えた。
「今度はこっちだ」
槍同士なら間合いは近い。
ドムの穂先が動く。ロディは突きを払い、こちらも返す。二度目は届かない。三度目を出す前に柄を叩かれ、手のひらが痺れた。
速さだけではない。こちらが突きたい場所へ、先に穂先がいる。
「くそっ」
ロディは槍を石壁へ慎重に立てかけた。
「捨てなかったな」
「うるせえ!」
《煌日》を抜いて走る。また間合いが変わる。今度は右。
ドムが向きを変えたところで、ロディは急に進路を左へ切った。崩れた石壁の隙間へ飛び込む。両側を石壁に挟まれた狭い場所だった。長い槍なら振り回せない。
ドムも入ってくる。
「馬鹿」
ロディは笑った。正面から《煌日》を振り上げる。
ドムの槍が突き出された。予想通りだ。
ロディは横へ避けた。穂先が石壁の割れ目へ入り込む。一瞬、止まった。
ロディは踏み込む。ドムが槍を引くより早い。《煌日》が首筋へ走った。
届く。
そう思った瞬間、金属音が鳴った。
「なっ」
《煌日》が止まっている。
ドムの左手には刀があった。いつ抜いた。
鍔元で受け止めた刃を押し返され、ロディは二歩下がらされた。
ドムは石壁に食い込んだ槍を引き抜くと、刀を鞘へ戻した。
「今、刀使ったよな」
「ああ」
「槍一本じゃなかったのかよ」
「使わなければ斬られていた」
ロディの口元が上がった。
「じゃあ今のは俺の勝ちだろ」
「俺は立っている」
「ちっ」
それでも通じた。なら、まだある。
ロディは周囲を見る。折れた壁。倒れた柱。足元には大小の石が転がっている。
《煌日》を握り直した。
次は正面から行く。
伸びてきたドムの槍を躱し、二撃目は《煌日》で弾く。
ロディは後退し、ドムが追う。もう一歩。さらに一歩。
ロディの踵が、倒れた石柱の脇を越える。
そこだ。
ロディは足元の石を蹴った。拳ほどの石が跳ね、ドムの顔へ飛ぶ。
ドムが首を振ってかわす。その瞬間にロディは石柱を踏み台にして跳んだ。
上から《煌日》を振り下ろす。
槍が上がった。
ロディは斬らない。空中で身体を捻り、刀を引き、着地と同時に懐へ入る。
槍の穂先は頭上にある。今度こそ届く。
《煌日》を横薙ぎに走らせた。
ドムが槍の握りをずらす。長い柄が一気に短くなった。
石突がロディの手首を打つ。指が開いた。
「っ!」
《煌日》が宙を舞う。
ロディは咄嗟に手を伸ばした。
首筋に冷たいものが触れた。
ドムの槍の穂先が、喉のすぐ横にある。
ロディは目だけを動かした。
《煌日》は三歩先。届かない。
足元に武器はない。ドムの槍を掴もうとすれば、その前に喉へ入る。
何かないか。
視線を動かす。
石。遠い。
壁。使えない。
もう一度、槍を見る。
どうにもならない。
「……くそ」
ドムは何も言わない。
ロディはしばらく穂先を睨んでいたが、やがて両手を上げた。
「……参った」
槍が離れる。
ロディはすぐに《煌日》を拾った。刃の無事を確かめ、土を払って鞘へ収める。
それからドムを見る。
大男はもう背を向けていた。向かう先には《鬼哭》がある。
ロディの奥歯が噛み合った。
負けた。




