第三話「鬼哭」④
ドムは《鬼哭》の前まで歩いていった。
ロディはその背中を睨む。あと少しだった。刀まで抜かせた。それでも最後に地面へ転がったのは《煌日》で、喉元に槍を突きつけられたのは自分だ。言い訳の余地がないのが、余計に腹立たしい。
ドムが《鬼哭》の柄を握った。
赤黒い光が腕を這うように揺らめく。一瞬、ドムの肩が強張った。
「おい」
返事はない。柄を握る手に血管が浮く。やがてドムは大きく息を吐いた。
「……なるほど」
そのまま力を込める。
土が崩れ、《鬼哭》が地面から抜けた。
途端に、古戦場の空気が変わった。倒した死兵たちがいた辺りから青白い靄が浮かび上がり、糸を引くように《鬼哭》へ吸い込まれていく。遠くに残っていた人影も、薄れて消えていく。
槍の中へ入ったのか。
消えたのか。
ロディには分からない。
ただ、さっきまで肌にまとわりついていた嫌な気配だけが、少しずつ遠のいていった。
視界の端に、人影が立っていた。
ロディは振り向く。
古戦場まで自分を連れてきた、あの兵士だった。
兵士はロディを見ていた。
やがてその視線が、ドムの手にある《鬼哭》へ移る。
そして、もう一度ロディを見る。
何も言わない。
ただ一度だけ、頭を下げる。
その姿が青白い靄となって崩れ、夜の中へ消えていった。
ロディは兵士が消えた場所と《鬼哭》を交互に見る。
「……そういうことかよ」
ドムはそんな周囲には目もくれず、《鬼哭》を月明かりにかざした。
穂先を見る。
柄を見る。
腰の袋から布を取り出し、こびりついた土を拭い始めた。
「……何してんだ?」
「見れば分かるだろう」
「分かるけどよ」
さっきまで取り合っていた武器を手に入れたというのに、笑いもしない。勝ったと自慢するでもない。
ドムは穂先を指でなぞり、刃こぼれを確かめている。
「手入れなら後でいいだろ」
「駄目だ」
「なんで」
「手に入れたら、まず状態を見る」
それだけ言って、また《鬼哭》へ目を戻した。
ロディは頬を掻いた。
どうにも調子が狂う。
せめて勝ち誇ってくれれば、もっと素直に腹を立てられるのに。
やがてドムが顔を上げた。
「お前、面白いな」
「は?」
「気に入った」
ロディの眉間に皺が寄る。
「俺はお前が嫌いだ」
「そうか。俺はお前が気に入った」
「人の話聞いてんのか?」
「ああ」
ドムは《鬼哭》を肩へ預けた。
「俺に刀を抜かせた」
「だったら《鬼哭》よこせ」
「断る」
「やっぱ嫌いだ」
ドムは気にした様子もない。
少しの沈黙のあと、ドムがロディを見た。
「一つ聞く」
「なんだよ」
「なぜ、お前は弁慶を知っている」
ロディは口を閉じた。そこを聞かれるとは思っていた。ただ、こいつが本当のことを話したのなら、隠す理由もない。
「俺にもある」
「何がだ」
「記憶だよ。俺じゃない奴の」
ドムの目がわずかに細くなる。
ロディは《煌日》の柄へ手を置いた。
「豊臣秀吉って男だ」
「知らんな」
「知らねえのかよ」
「ああ」
即答だった。
ロディは頭を掻く。
弁慶を知っているなら秀吉も知っていると思ったが、そう都合よくはいかないらしい。
「まあ、いいや。俺もそいつの人生を覚えてる。何をやったかも、どんな奴に会ったかも、最後にどうなったかもな」
「お前は、その秀吉なのか」
「違う」
今度はロディが即答した。
「俺はロディだ」
ロディは自分の手を見る。さっき石突を食らったところが、まだ赤く腫れていた。
「俺はこの世界で生まれた。家族もいて、十六年生きてきた。秀吉のことをいくら覚えてたって、それが消えるわけじゃねえ」
ドムは《鬼哭》を肩に載せたまま聞いている。
「使えるもんは使うけどな。あいつの知ってることまで捨てる気はねえし」
「なら、同じだ」
「同じじゃねえよ」
ロディはドムを見る。
千本の名武器を集める。
弁慶がやろうとしたことを、こいつはこの世界でもやろうとしている。
「お前は弁慶じゃねえだろ」
ドムは迷わなかった。
「知っている」
ロディは瞬きをした。
「……は?」
ドムは自分が何を言われたのか分かっていないような顔ではなかった。
そのうえで、当たり前のことを口にするように続けた。
「俺はドミニクだ。武蔵坊弁慶じゃない」
「だったら、なんで」
「それでも弁慶として生きると俺が決めた。それの何が悪い」
ロディは口を開いた。
言葉が出てこなかった。
◇
古戦場を出る頃には、夜もかなり深くなっていた。
ドムは《鬼哭》を担いで歩いている。
ロディはその隣を歩きながら、何度目か分からない視線を槍へ向ける。
「……二十本目だったか」
「ああ」
「いいな」
「やらんぞ」
「分かってるよ」
ロディは前を向く。
少し歩いてから、また《鬼哭》を見る。
「……やっぱ欲しいな」
「やらん」
「二回言うな!」
「次は?」
「武器を探す」
「同じだな」
「お前はもう二十本も持ってんだろ」
「千本には足りん」
「……やっぱ嫌いだわ」
やがて道が分かれた。
ドムは《鬼哭》を担いで一方へ進む。
ロディは別の道へ足を向けた。




