第四話「デュアルワンネス」①
「百人だ」
「何が?」
「今までの持ち主の数だよ」
酒場の親父は濡れた杯を布で拭きながら、声を潜めた。
「そいつを持った奴は、みんな死んだ。弱い奴は最初から手も出さねえ。死んだのは、みんな相当な腕前だったって話だ」
ロディはカウンターへ身を乗り出した。
「で、その剣は?」
「……お前、聞くところそこか?」
「名前は?」
親父が露骨に嫌そうな顔をする。
「《ノクス》」
「強いの?」
「知らん。ただの呪われた剣だって話もあれば、持った奴にとんでもない力を与えるって話もある。だから昔から欲しがる馬鹿が絶えん」
「へえ」
「やめとけよ」
「どこにある?」
親父が杯を置いた。
「今の話を聞いてたか?」
「聞いてた。百人が使って、百人とも死んだんだろ」
「だったら――」
「欲しい」
親父はしばらくロディの顔を見ていた。
「……最近の若い奴は死ぬのが怖くないのか?」
「怖いよ」
「じゃあなんで欲しがる」
「死ななきゃいいだろ」
親父が何か言いかけたが、ロディは続きを待たなかった。
◇
教えられた場所までは半日ほどだった。
街道を外れて丘陵地へ入り、獣道に近い細道を登っていく。昼を過ぎる頃には木々が減り、崩れた石壁が斜面のあちこちに現れ始めた。
昔は砦か何かだったらしい。
風に晒された石段を上がる。
腰には愛刀となった《煌日》。背負った荷物には水と食料、それから野宿道具。
頂上近くまで来たところで、人影が見えた。
でかい。
遠くても分かる。
しかも背中や腰から、槍や斧やらが相変わらず何本も突き出している。
ロディは足を止めた。
向こうもこちらに気づいた。
「お前、なんでいるんだよ」
「《ノクス》を取りに来た」
「帰れ」
「お前が帰れ」
返事まで前と同じだった。
「《鬼哭》取ったばっかだろ。もういいじゃねえか」
「二十一本目がいる」
「いるか?」
「いる」
即答だった。
ロディは舌打ちして先へ進む。ドムも当然のようについてくる。
「ついてくんな」
「俺が先に歩いている」
「今抜いた」
「抜いていない」
「じゃあ横歩け」
「なぜだ」
言い合いながら石段を上がると、崩れた門の前に誰かが座っていた。
若い男だった。
ロディよりはいくらか年上に見える。旅装はくたびれていて、膝の辺りには乾いた泥がこびりついている。腰には安物らしい剣が一本。こちらを見るなり立ち上がったものの、ドムの身体と背負った武器の数を見て半歩下がった。
「……あの」
「お前も《ノクス》か?」
ロディが聞くと、男は少し迷ってから頷いた。
「そうだけど」
「三人かよ」
「俺が取る」
「お前は黙ってろ」
ドムを押し退けようとして、びくともしない。
男が二人を交互に見る。
「知り合い?」
「違う」
「そうだ」
声が重なった。
「どっちだよ」
「一回会っただけだ」
ロディは答えながら男を見る。
「俺はロディ。でかいのがドム」
「ドミニクだ」
「ドムでいいだろ」
男は戸惑いながらも、「イスカ」と名乗った。
三人で崩れた門をくぐる。
内部には天井の落ちた建物が並び、石畳の隙間から草が伸びていた。《ノクス》がどこにあるかまでは誰も知らないらしい。
「イスカはなんで欲しいんだ?」
歩きながら尋ねると、イスカはすぐには答えなかった。
「……誰にも使いこなせなかったんだろ、その剣」
「らしいな」
「だったら、ちょっと気になっただけだ。自分なら、どうなのかなって」
「欲しいんじゃないの?」
「そこまでは」
イスカは足元の小石を蹴った。
「見てみたいとは思ってる」
「見つけたら?」
「それは……見つけてから考える」
崩れた壁を跨ぎ、その先の建物を覗く。中には砕けた石材が積もっているだけだった。ドムは入口から一瞥しただけで先へ行く。
「イスカ、どっから来た?」
答えた村の名に聞き覚えはなかったが、農村だという。
「親が農家でさ。金がなくなると、今でも旅先の畑で雇ってもらってる」
「俺も農家だぞ」
イスカがロディの顔を見た。
「見えないな」
「お前もな」
「俺はまだやってる」
「俺だって家出るまでは毎日やってたって」
イスカが足を止めかけた。
「いつ出たんだ?」
「十六で。お前は?」
「十八。三年前だ」
半ば倒れた扉をイスカが押す。軋んだだけで動かず、諦めて手を離した。
「それからずっと?」
「荷運びしたり、畑手伝ったり。金が貯まったら次の町へ行ってる」
「どこ目指してんだ?」
イスカは答えず、袖についた埃を払った。
「……分からない」
数歩進んでから、ぽつりと続ける。
「でも、帰る気にもならないんだ」
ロディが何か返すより先に、前を歩いていたドムが振り返った。
「先に村を出れば偉いのか?」
「何の話してんだ、お前」
少し先で道が左右に分かれ、その間には半ば土砂に埋もれた地下への階段があった。
「俺は右を探す」
ドムが足を止めて言った。
「じゃあ俺は左か」
ロディが左の崩れかけた回廊を指さすと、イスカは二人の顔を交互に見比べ、所在なさげに目を泳がせた。
「……俺、そっちの奥を少し見てくる」
イスカは地下への階段を指した。
ドムは何も言わずに右へ歩き出し、ロディも左の回廊へ進んだ。
◇
しばらく探しても、それらしいものは見つからなかった。
崩れた建物へ入り、瓦礫の隙間や半ば埋もれた入口を覗いていく。どこも行き止まりで、剣どころか使えそうな物一つない。
次の建物へ移ろうとしたところで、崩れた壁の下に人ひとり通れそうな破れ目が見えた。
滑り降りるように地下へ入る。
その奥から、金属音が聞こえた。
ロディは《煌日》へ手を掛け、足を速めた。
開けた部屋へ出る。
「イスカ?」
先に来ていた。
部屋の中央に、一本の剣が立てかけられている。
黒い刀身。
長い年月を放置されていたはずなのに、錆らしいものが見当たらない。
イスカが、その前に立っていた。
「おい、待て」
イスカの手が柄へ伸びる。
「それ、《ノクス》じゃ――」
指が触れた。
イスカの肩が跳ねた。
「イスカ?」
返事がない。
ゆっくりと剣が持ち上がる。
イスカは黒い刀身を見つめていた。
その手は震えていた。
やがて震えが止まる。
イスカが剣を握り直す。
そして、小さく笑った。
「大したことないじゃないか」




