第二話「孤塁の剣」④
「ここで剣を抜いた者がいると聞いた。怪我人は」
開け放したままの戸口から土足の男たちが踏み込んできた。胸元には町の守護兵を示す徽章が鈍く光っている。
先頭の男が室内を見回した。倒れた椅子。床に深く刺さったシミターの折れた刃先。ロディの頬に残る、まだ熱を持った浅い切り傷。
説明に多くの時間はかからなかった。
「バティスタが?」
守護兵の険しい声が狭い室内に響く。
「前から売れとは言われてたよ。でも、あんな真似をしたのは初めてさ」
老女が返すと、男は床の刃先を拾い上げた。
「バティスタにはこちらから厳重に言っておきます。それでも来るようなら、次は商人だからでは済ませません」
「頼むよ」
「しばらくは巡回も増やします。ただ……」
守護兵の視線が、ロディの足元にある《孤塁の剣》へと移った。
「これをここに置いたままにするのも、考えた方がいいかもしれません」
老女が黙り込む。バティスタは今回、護衛を二人も連れていた。それを追い払えたのは、たまたまロディが居合わせたからにすぎない。
「門の詰所で預かりましょうか」
別の守護兵が口を挟む。
「所有権はこれまで通りあなたの家でいい。詰所なら常に人がいますし、手入れもこちらでできます」
「門って、あの古い門か?」
ロディが尋ねると、男はうなずいた。
「ああ。エリック殿が守った門だ」
その名を聞いて、ロディは足元の《孤塁の剣》へ目を落とした。
「すぐに決めなくても構いません」
守護兵たちはそれだけ告げると、バティスタの行方を追うために家を出ていった。足音が遠ざかり、静けさが戻る。
老女はしばらく開いた戸口を見ていたが、やがてロディへ向き直った。
「さて」
「ん?」
「あんた、それ気に入ったんだろ」
ロディは《孤塁の剣》を見た。
「そりゃもう」
「だったら、持っていきな」
「……は?」
呆れたような老女の顔に、ロディは言葉を失う。
「聞こえなかったのかい。この剣をあんたにやるって言ったんだよ」
手が止まる。冗談を言っているようには見えない。
「本当に?」
「ああ。父の剣を守ってくれた礼さ。それに、さっき見てたら分かったよ。私が持ってるより、あんたが持ってる方が剣も喜ぶだろう」
「剣が喜ぶかは知らねえけど……本当にいいのか?」
「何度聞くんだい」
ロディは黙った。視線が柄へと落ちる。
さっき握ったばかりなのに、手のひらにはまだ確かな感触が残っている。
欲しい。
ロディは柄を握り直した。
「……めちゃくちゃ欲しい」
「知ってるよ」
老女が笑った。このまま腰へ差して町を出ればいい。《煌日》とはまるで違う剣だ。二本を使い分ければできることも増える。次にどんな奴と戦うことになっても役に立つ。
そこまで考えて、ロディは顔を上げた。
開いた戸口の向こうに、夕暮れに染まりかける町の家並みが見える。その先にある古い門を思い出した。
「ばあさん」
「なんだい」
「さっき、アンデッドはこいつを嫌がるって言ったよな?」
「ああ」
「親父さんが門で戦ってから?」
「たぶんね」
ロディはもう一度《孤塁の剣》を見る。しばらくして、その柄からそっと手を離した。
「やっぱ、いらねえ」
老女が目を丸くする。
「あれだけ欲しがってたじゃないか」
「今も欲しいぞ」
「じゃあ、なんで」
ロディは包みかけの剣を押し戻すように差し出した。
「こいつ、まだあんたん家の剣だろ。それにさ」
手がわずかに止まる。本当に欲しい。それでもロディは腕を伸ばした。
「こいつは、ここにいた方がいい」
老女は何も言わず、続きを待った。
「親父さんが守った門に置いとけば、今度はこいつが町を守れるだろ。アンデッドが嫌がるなら、俺が持って歩くよりそっちの方が役に立つ」
ロディは剣を老女へ返した。
「親父さんが始めた戦いを、こいつがまだ続けられるってことだろ?」
老女の手が《孤塁の剣》を受け止める。
「だったら持ってくの、もったいねえよ」
「……変な子だねえ、あんたは」
「なんでだよ」
「あんな顔して剣を見てたくせに」
「だから欲しいって言ってるだろ」
老女はしばらくロディを見つめ、それから声を上げて笑った。
◇
その日の夕方、《孤塁の剣》は古い門へ運ばれた。
石造りの門には、長い年月で削れた傷がいくつも残っている。脇に建つ詰所も新しくはなかったが、中では守護兵が交代で詰めていた。
老女から剣を預かった男が、布包みを両手で受け取る。
「責任を持ってお預かりします」
「頼んだよ」
「錆も落としてやってくれよ」
横から口を挟んだロディに、守護兵が苦笑する。
「もちろんだ」
詰所の奥へ運ばれていく《孤塁の剣》を、ロディは最後まで目で追った。何も持っていかないのに、妙に惜しい。
「……やっぱ欲しかったな」
隣で老女が小さく吹き出した。
◇
翌朝。
ロディは町を出た。
古い石門をくぐり、どこへでも続く街道へ出る。腰にあるのは《煌日》一本だけだった。
少し歩いてから振り返る。
昨日と変わらない古びた門が立っている。
「次は、持って帰れるやつだといいな」
ロディは《煌日》の柄を軽く叩き、前を向いた。
背後では、古い門が朝の光の中で少しずつ遠ざかっていく。
その門には再び、一本の剣が残された。




