第二話「孤塁の剣」①
旅に出て二週間。早くもロディは一つの問題にぶつかっていた。
「すげえ武器って、どこにあるんだ?」
昼時の食堂で呟くと、向かいの席にいた荷運びの男が怪訝そうに顔を上げた。ロディは軽く頭を下げ、何でもないという顔で皿へ視線を戻す。
焼いた腸詰めを一切れ口へ放り込み、硬いパンをちぎった。
村を出れば、伝説の武器がそこら中に転がっている。そこまで都合よく考えていたわけではない。それでも二週間歩いて、目についたのは農具と旅人の剣と、街道沿いで売っていた安物の槍くらいとなれば、さすがに物足りなかった。
腰の《煌日》へ手を置く。一本目が良すぎたのかもしれない。
宿場町へ着いたのは今朝だった。大きな町ではないが、二本の街道が交わるため人通りは多い。食堂にも旅人や商人がひっきりなしに出入りし、扉が開くたび外の喧騒が流れ込んでくる。
人が集まるところには、物も話も集まる。なら、聞く相手には困らない。
ロディは残った腸詰めを平らげると、空いた皿を運んできた店主を呼び止めた。
「おっちゃん」
「追加か?」
「ああ。飯じゃなくて、話をくれ」
店主の手が止まった。
「話?」
「この辺に、すげえ武器ないか?」
「武器なら表通りに店があるぞ」
「そういうんじゃなくてさ。変な力があるとか、昔すげえ奴が使ってたとか、そういうやつ」
「知らんな」
早い。店主は皿を重ね、そのまま厨房へ戻ろうとする。ロディは銅貨を一枚、卓の上へ置いた。
音を聞いた店主が振り返る。
「飯代はもう払ったぞ」
「話代」
「……お前、そんなことに金使ってたら旅なんか続かんぞ」
「面白い話なら安いだろ」
店主は呆れた顔をしながらも、銅貨はしっかり拾った。
「どんな武器がいいんだ?」
「俺が欲しくなるやつ」
「そんなの知るか」
もっともだった。店主は腕を組み、少し考える。
「有名なのがいいのか?」
「面白けりゃ何でもいい」
「強い武器」
「それもいい」
「高い武器」
「売ったら金になるな」
「お前は何を探してるんだ」
ロディにも、まだよく分からない。《煌日》を見たときは、一目で欲しくなった。戦うほど使い手に馴染み、強くなる刀。グレンという傭兵と十年以上を過ごし、それでもまだ育ちきっていない。ああいう武器に、また会いたい。
「話を聞いたら、見に行きたくなるやつ」
「面倒な注文だな」
店主はしばらく黙っていたが、不意に厨房の方へ顔を向けた。
「おい、ばあさん」
奥で野菜を刻んでいた女が顔を出す。
「なんだい」
「《孤塁の剣》って、まだあの家にあったよな?」
包丁の音が止まった。
ロディも止まった。
「……詳しく聞かせてくれよ」
名前からしていい。店主が嫌そうな顔をした。
「その顔やめろ。教えるんじゃなかった」
「もう銅貨払ったぞ」
「一枚で食いつきすぎなんだよ」
ロディは身を乗り出した。
「どんな剣だ?」
「昔、この町にエリックって男がいた」
店主は指で食堂の外を示した。
「町の古い門は見たか?」
「ああ。入ってきたところの石造りのやつだろ」
「昔はあそこしか町へ入る道がなかったらしい。そこへアンデッドの群れが押し寄せた」
ロディの手が《煌日》から離れた。
「何体?」
「さあな。五十だ百だ、話す奴によって違う。俺が生まれる前の話だ」
「で、エリックって奴が倒したのか?」
「一人で門の前に立った」
店主はそう言ってから、空になった皿を持ち上げた。
「町に一体も入れなかったそうだ」
「……一人で?」
「ああ」
それは見たい。どんな男だったのかも気になるが、ロディが真っ先に考えたのは別のことだった。そんな戦いを潜り抜けた剣だ。《煌日》とは違う何かを持っているかもしれない。
「その剣が《孤塁の剣》?」
「そう呼ばれてる」
「どこにある?」
「だから食いつくなって」
「銅貨一枚分、最後まで頼む」
店主は露骨に面倒そうな顔をした。
「エリックの娘さんが持ってるよ。ここから歩いてそう遠くない」
「売り物?」
「違う」
「いくらなら売ってくれると思う?」
「話を聞け」
店主によれば、エリックはすでに亡くなっている。娘は今もこの町で暮らし、父親の形見として剣を持っているらしい。そこまで聞けば十分だった。
ロディは席を立つ。
「ごちそうさん」
「待て。まさか今から行くのか?」
「場所教えてくれ」
「売り物じゃないって言っただろ」
「見るだけなら減らねえだろ?」
「お前のそういうところ、絶対いつか揉め事になるぞ」
すでに赤角猪と揉めたことは黙っておいた。
◇
教えられた家は、町の外れにあった。町を救った男の家と聞いて、ロディはもう少し立派なものを想像していたが、実際にあったのは石造りの小さな平屋だった。庭には洗濯物が干され、軒下には薪が積んであった。
戸を叩くと、しばらくして白髪の老女が顔を出した。
「どちらさん?」
「ロディ。旅してる」
「はあ」
「《孤塁の剣》を見せてほしくてさ」
扉が閉まりかけた。
「待って待って! 見るだけ! 本当に見るだけだから!」
「そう言って来る人は、だいたいそのあと売ってくれと言うんだよ」
「俺はまだ言ってない」
「まだ、ねえ」
老女の目が腰の《煌日》へ向いた。しばらく見つめたあと、小さく息を吐く。
「剣が好きなのかい?」
「好きだな」
「即答かい」
「すげえ剣ならもっと好きだ」
老女の口元が少し緩んだ。
「見るだけだよ」
「よし、ありがとな!」
「大声出すんじゃないよ!」
家の中へ通された。室内も普通だった。古い卓と椅子、棚には食器。壁には若い頃のものらしい男の肖像が掛かっている。
老女は奥の部屋へ入り、しばらくして細長い布包みを抱えて戻ってきた。卓の上へ置く。
ロディは思わず身を乗り出した。《孤塁の剣》。たった一人でアンデッドの群れを食い止め、この町を守った英雄の剣。
老女が布を解いていく。
銀色のブロードソードが現れた。
「……え?」
ロディの口から間の抜けた声が漏れる。
華美な装飾はなく、柄も古い。
何より、刀身のあちこちに赤茶色の錆が浮いていた。
ロディは何度か瞬きをしてから、老女を見る。もう一度、剣を見る。
「……これ、本当に《孤塁の剣》か?」
老女は錆びた刀身へ目を落とした。
「そうだよ」
細い指が、古びた柄を撫でる。
「父があの門の前で振った剣さ」




