第一話「煌日」②
商人の口から「育ちきっていない」と聞かされて、ロディが《煌日》を諦めるはずもなかった。
むしろ逆だった。
「じゃあ、育てりゃもっとすげえ刀になるってことか?」
「お前は本当に都合のいいところだけ拾うな」
商人は呆れた顔で《煌日》を布の上へ置いた。
「売らねえって言っただろ」
「だから、どうすりゃ俺にくれるのか聞いてんだよ」
「やらねえよ」
「前の持ち主は、自分より強い奴に渡せって言ったんだろ?」
「言った」
「なら俺がそいつより強けりゃいい」
あまりにも簡単に言い切ったので、商人はしばらく黙っていた。やがて額を押さえる。
「……お前、自分が何言ってるか分かってんのか?」
「十六年も付き合ってるから、大体は」
「そういう意味じゃねえ」
商人は大きく息を吐くと、荷馬車の縁へ腰を下ろした。
「この刀の前の持ち主は、グレンって傭兵だ」
初めて聞く名前だった。ロディも荷台から手を離し、商人を見る。
「強かったのか?」
「少なくとも、お前みたいな畑仕事を放り出すガキよりはな」
「比べる相手が悪いな。俺、畑仕事は結構できるぞ」
「戦いの話だ」
「そっちはまあ、これからだな」
「よくそれで自分の方が強いなんて言えたな」
もっともな話だった。
商人によれば、グレンは各地の護衛や魔獣討伐を請け負っていた傭兵で、十年以上も戦場を渡り歩いていたらしい。《煌日》を手に入れたのは、その旅の途中だったという。
「最初から、あんな光り方をしたのか?」
ロディが訊くと、商人は首を横に振った。
「いや。あいつが手に入れた頃は、切れ味がいいだけの古い刀だったそうだ。名前もなかった」
「じゃあ《煌日》って名前は?」
「グレンがつけた」
商人は鞘を指で軽く叩いた。
「何度も戦ってるうちに妙なことが起き始めた。最初は、やけに手に馴染むようになっただけだったらしい。重さも長さも変わっちゃいねえのに、振れば振るほど自分の腕の続きみたいになっていく」
ロディは黙って聞いていた。
「そのうち切れ味まで増した。前なら刃が止まってたような硬い皮も斬れるようになった。さらに使い込んだ頃には、振るたびに刀身が淡く光るようになった」
「それで《煌日》か」
「ああ」
ロディは布の上の刀へ目を落とした。
何度も戦ったから、強くなった。
使い手とともに積み重ねた戦いによって、武器そのものが力を帯びていく。聖剣や魔剣と呼ばれるような名高い武器は、そうして途方もない「戦歴」を刻んでいくのだろう。
だが、《煌日》はまだそこまでの段階にない。
だからこそ、ロディの胸は躍った。
「こいつ、今から伝説になるかもしれねえってことか」
商人が眉を上げる。
「そこに食いつくのか?」
「だって、もう出来上がった伝説の武器も欲しいけどよ」
ロディは《煌日》を見つめたまま、ニッと口元を緩めた。
「これから伝説になる武器ってのも、面白そうじゃねえか」
誰かが作った伝説を拾うだけではない。自分が振った戦いまで、その鉄に刻まれていく。百年後、二百年後、いつか誰かが《煌日》を手に取ったとき、その戦歴の中に自分の名が残っているかもしれない。
それを想像すると、どうにも腹の底がむずむずした。
「やっぱり欲しい」
「話を聞いて諦めるかと思った俺が馬鹿だった」
「で、グレンはどうやって死んだ?」
ロディが訊くと、商人から呆れた表情が消えた。少しの沈黙のあと、男は村の外へ視線を向ける。
「三日前だ。ここから北東へ半日ほど行った森の近くで、魔獣に襲われた」
「何の?」
「赤角猪だ」
ロディの眉が動いた。
知っている。森に棲む大型の猪で、成獣なら人間の胸ほどまで背がある。頭部から伸びた赤褐色の角は硬く、突進されれば木柵くらいなら簡単に壊される。村でも何年か前、畑を荒らしに来た一頭を大人たち総出で追い払ったことがある。
十年以上戦ってきた傭兵が、簡単に殺される相手ではない。
「一頭じゃねえな?」
「三頭だ」
「そりゃきつい」
「俺たちの荷馬車を逃がすためにグレンが残ったんだ。二頭は仕留めたが、最後の一頭に腹をやられた。そいつは逃げて、グレンも追える状態じゃなかった」
商人たちは彼を荷馬車へ乗せ、近くの集落まで運ぼうとしたが間に合わなかった。
「グレンは死ぬ直前、俺に《煌日》を託した。『自分より強い奴に渡してくれ』とな」
「なんでそんな指定をしたんだ?」
ロディが尋ねると、商人はかぶりを振った。
「知らん。死にかけてる奴に根掘り葉掘り理由を聞けるか。……ただ、悔しかったんだろうよ。手塩にかけて育てた刀を、そこで終わらせたくなかったのかもしれない」
それもそうか、とロディは腕を組んだ。
だが、死んだ人間と直接戦って強さを証明することはできない。
「……その赤角猪、まだ森にいるんだよな?」
商人の顔が険しくなった。
「おい」
「グレンはそいつを倒せなかった」
「おい、待て」
「だったら話は早えじゃん」
「早くねえよ!」
商人が急に声を荒らげて立ち上がった。周囲の村人が驚いて振り返る。
「グレンは二頭殺した上で一頭にやられたんだ! 残った手負いの一頭を横から狩ったところで、お前がグレンより強い証明になんかなるか! そもそも、ガキが一人で勝てる相手じゃねえ!」
「分かってるよ。正面から殴り合ったら俺の負けだ」
「なら――」
「でもよ、おっちゃん」
ロディの頭では、すでに別の勘定が動き始めていた。
赤角猪の大きさ、走る速さ、森の地形、村にある道具、使える人数、そしてグレンが二頭を倒した場所。
勝てるかどうかはまだ分からない。だが、勝つ方法を探すことはできる。
あの男の記憶が教えてくれることが一つある。強い相手と戦うなら、相手より強くなる必要はない。相手が弱くなる場所で戦えばいいのだ。
「グレンより強いかどうかは、俺が決めることじゃねえだろ。まず猪を狩ってくる。話はそれからだ。……場所、教えてくれよ」
商人は言葉を詰まらせた。
「お前……本気で言ってんのか……」
返事を待つまでもなく、広場の向こうから低い声が飛んできた。
「ロディ!」
聞き慣れた声だった。
振り返ると、鍬を肩に担いだ父親が立っている。笑ってはいなかった。
「……親父」
「畑仕事を放り出して、今度は何をする気だ?」
ロディは少し考えた。嘘をついても無駄だろう。
「猪狩り」
父親の眉間に、深い皺が刻まれた。
「畑に戻れ」
「まだ何も説明してねえだろ!」
「お前が説明すると話が大きくなるんだよ!」




