第四話「デュアルワンネス」③
「待てって!」
ロディが追いついたとき、イスカは吹き抜けになった広間の中央まで進んでいた。
崩れた天井から夕方の光が差し込み、床には折れた柱が何本も転がっている。
「イスカ、その剣を置け」
イスカが振り返った。
「嫌だ」
返事が早い。
「お前なあ。さっき自分で怪我してるのも忘れてただろ」
「忘れてない」
「じゃあ、その肩はなんだよ」
布を巻くことすら忘れていた傷を指すと、イスカは一瞬だけ黙った。
背後からドムが歩いてくる。
「貸せ」
「え?」
「《ノクス》だ」
ドムはそのまま手を伸ばした。
イスカが半歩退き、《ノクス》を構える。
「ドム!」
「話して手放す顔ではない」
「だからって取り上げる奴があるか!」
ロディの抗議を無視して、ドムが間合いへ入った。
イスカが先に動いた。
黒い刃を突き出す。ドムは身体をずらしてかわし、そのままイスカの手首へ手を伸ばした。
だが、掴まれるより早く刃が跳ね上がり、柄頭がドムの掌を掠める。
ドムの手が止まった。
イスカはその隙に距離を取ったが、追撃はしなかった。
二人とも剣を下ろさない。
「……やれる」
イスカが呟いた。
「何がだ」
「今の動き、見えた」
口元が上がる。
「おい、イスカ」
ロディの声を聞いているのかも怪しい。
ドムが腰の刀を抜いた。
その瞬間、イスカの笑みが深くなった。
「来い」
「馬鹿!」
金属音が広間に響いた。
二度、三度と刃がぶつかる。
速さはドムが上だった。イスカが振るより先に刀が入り、《ノクス》の軌道を潰していく。
イスカの腕が押し戻された。
それでも下がらない。
ドムが肩口へ刀を振る。イスカは避けるどころか、さらに一歩踏み込んだ。
「なっ――」
刃がイスカの服を裂く。
同時に《ノクス》がドムの脇腹へ向かう。
ドムは舌打ちして身を捻った。
「こいつ……!」
ロディにも分かった。
まともにやればドムが勝つ。
なのに、やりにくい。
イスカは自分が斬られることを勘定に入れていない。ドムが殺すつもりなら終わっている場面でも、構わず身体ごと入ってくる。
「ドム、右!」
ロディが《煌日》を抜いて駆け込んだ。
イスカがこちらを見る。
一瞬、驚いた顔をした。
それからドムとロディを順に見て、息を弾ませながら笑った。
「二人か」
黒い剣を握り直す。
「……いいな」
「よくねえよ!」
ロディが斬り込む。
《煌日》を受けた《ノクス》が鈍い音を立て、衝撃がロディの手首まで返ってきた。横からドムの刀が入り、イスカが身体を沈める。
二人で挟めば終わる。
そう思った直後、イスカがロディへ体当たりしてきた。
「ぐっ!」
押された先には折れた柱がある。
足を取られたロディへ、イスカが剣を振り上げた。
ドムが割って入り、《ノクス》を弾く。
「邪魔だ!」
「助けたんだろうが!」
「ならば邪魔になるな!」
「腹立つな、お前!」
言い返しながら、ロディは立ち上がった。
またイスカが来る。ドムが正面から受けた。
今度はロディが飛び込まない。一歩引いて、二人を見る。
ドムが押す。イスカがずらす。逃げた先へ回ろうとすると、こちらを牽制してくる。
剣だけ見ていても駄目だ。
ロディは広間へ視線を走らせた。
崩れた壁。柱。奥へ続く回廊。
その先に、頭の欠けた石像が見えた。
左右に細い柱が二本。
どこかで見た。
「あ」
さっきの壁画だ。
二振りの剣が再び同じ人物の手にあった、あの絵。その背後にも、頭の欠けた像と二本の柱が描かれていた。
最初から欠けていたのか、絵の時代ですでに壊れていたのかは分からない。
ただ、同じ場所に見える。
ロディはイスカを見る。
次に石像を見る。
「ドム!」
ドムは振り返らなかった。
「行け!」
ロディは走った。
◇
石像の足元まで来て、ロディは舌打ちした。
「ねえじゃねえか」
剣どころか台座すらない。
壁画では像の前まで床が続いていたはずだ。
今は半分が崩れ、石材が穴を塞いでいる。
「……ん?」
遠くで、また刃のぶつかる音がした。
崩れた床の奥から風が来る。
ロディは膝をつき、石の隙間へ手を入れた。
小さな破片を退ける。
下に空間があった。
「当たりであってくれよ……!」
身体を横にして潜り込む。
埃とカビの臭いが鼻を突き、咳き込みながら降りた先は小さな部屋だった。
天井の一部が落ち、石材に埋もれた棚が見える。
剣は見当たらない。
頭上から、かすかに金属音が響いた。まだ続いている。
ロディは棚の陰へ目を凝らす。
崩れた棚の下から、何かが突き出していた。
一本の柄だ。
ロディは石をどかし、引き抜く。
《ノクス》とよく似た形の剣。
ただし、刀身は白銀だった。
「見つけた!」
ロディは白銀の剣を掴んで来た道を駆け戻った。
広間へ飛び込む。
「ドム!」
イスカが振り向いた。
その足が止まる。
ほんの一瞬だった。
ドムの刀を受け、イスカは二歩下がった。
「……痛っ」
イスカが肩へ目をやる。
その顔が初めて歪んだ。
ロディが《ルクス》を握り、一歩踏み込む。
イスカがこちらを見た。
さっきまで浮かんでいた笑みが消えている。
「来るな」
「やっぱりこいつか」
ロディがさらに距離を詰める。
「来るな!」
イスカが《ノクス》を振り上げる。
だが、踏み込まない。
ドムの刀が横から叩きつけられた。
甲高い音とともに、《ノクス》が宙を舞う。
黒い剣は床へ落ち、何度か跳ねて《ルクス》のすぐそばまで滑ってきた。
イスカが追おうとして、一歩目で膝をつく。
肩を押さえた。
荒い呼吸が漏れる。
「……なんだよ、これ」
ロディは足元の二振りを見た。
白銀の剣と黒い剣。
ずっと別々の歴史を歩いてきた二本が、今は手を伸ばせば同時に届く場所にある。
ドムが刀を鞘へ戻した。
「終わりだ」
ロディも《煌日》を納める。
「ったく。最初からこうやって戦えりゃ楽だったのにな」
「お前が遅い」
「探してきたの俺だぞ!」
イスカだけが答えなかった。
イスカは床に片手をついたまま、自分の血で濡れた掌を見つめていた。
「なぁ、イスカ。怖がれるなら、まだお前だろ」




