第四話「デュアルワンネス」④
「なぁ、イスカ。怖がれるなら、まだお前だろ」
イスカの指が震えた。
血で濡れた掌を握り、開く。
「……分からないんだ」
「何が?」
「どこまでが俺なのか」
イスカは床に座り込んだ。さっきまで気にも留めなかった肩の傷が痛むらしく、触れかけて手を止める。
「戦ってる間、全部覚えてる。あいつを倒したときも、ドムと戦ったときも」
「なら、剣に操られてたわけじゃねえのか」
「多分」
イスカは《ノクス》を見た。
「戦いたかったのは、俺だ」
声が掠れた。
「もっとやれるって思った。もっと強い奴と戦えば、もっと遠くまで行けるって。あの剣を持つ前から……ずっと、どこかでそう思ってた」
ロディは何も言わなかった。
イスカが額を押さえる。
「昔から、変な景色を覚えてるんだ。行ったこともない果てしない砂漠とか、地平線を埋め尽くす兵士の群れとか。戦ってるときもそうだった。どう動けば相手がどう動くか、急に分かった。俺はそんな戦い方、習ったこともないのに」
ロディはドムを見た。
ドムもこちらを見ていた。
「そいつ、名前は?」
「……アレクサンドロス」
知らない。
ロディが首を傾げると、ドムも首を横に振った。
「誰だ?」
「俺にも分からない。ただ、ずっと頭の中にいる。軍を率いて、戦って……随分遠くまで行った人だ」
「それ、お前だけじゃねえぞ」
イスカが顔を上げた。
ロディは自分の胸を親指で指す。
「俺にもいる。豊臣秀吉って奴だ」
「トヨトミ……?」
「知らねえだろ。俺もアレクなんとかは知らねえ」
「アレクサンドロス」
「長えよ」
「お前のも大概だろ」
イスカが小さく笑った。
その笑い方は、砦へ入ったときのイスカに近かった。
ドムが腕を組む。
「俺は武蔵坊弁慶だ」
「お前は話をややこしくすんな」
「事実だ」
「お前はドミニクだろ」
「それも事実だ」
イスカが二人を交互に見る。
「じゃあ……俺もアレクサンドロスなのか?」
「さあな」
ロディは即答した。
イスカが目を瞬く。
「俺は秀吉じゃねえ。ドムは自分で弁慶として生きるって決めてる。お前は?」
長い沈黙のあと、イスカは首を振った。
「……まだ分からない」
「じゃ、分かんねえままでいいんじゃねえの」
「いいのか?」
「俺に聞くなよ。お前の人生だろ」
イスカはしばらく黙り込み、それから壁に手をついて立ち上がった。
「……もう少し、旅してみる」
今度は足元の《ノクス》を見ても、手を伸ばさなかった。
◇
「で、これは俺がもらう」
ロディが《ルクス》と《ノクス》へ手を伸ばす。
同時に、横から大きな手が伸びた。
「俺だ」
「なんでだよ!」
「武器を集めている」
「俺だって集めてんだよ!」
ドムと睨み合ったところで、ロディは二振りを見た。
「……一本ずつは駄目だよな」
「やめてくれ」
イスカが即座に言った。
「絶対に離すな」
「お前が言うと説得力あるな」
ロディが《ノクス》へ触れると、イスカの肩がわずかに強張った。それでも手は出さない。
ドムもそれを見ていた。
しばらくして、《ノクス》から手を離す。
「持っていけ」
「……いいのか?」
「《ルクス》を見つけたのはお前だ。今回はお前の獲物だ」
ロディは一度ドムを見て、それから二振りを拾い上げた。
白銀と黒。
左右の手に一本ずつ構えてみる。
「おお……」
一歩踏み込んで交差させようとした瞬間、右の《ノクス》と左の《ルクス》がぶつかった。
ガキン、と間抜けな音がした。
「……難しいな、これ」
「下手だな」
「うるせえ! 初めてなんだからしょうがねえだろ!」
ドムが鼻で笑う。
腹は立つ。
それでもロディは二振りを眺め、口元が緩むのを止められなかった。
《煌日》を合わせて三本。
村を出たときは一本だった。
ロディは《ルクス》と《ノクス》を布で包み、抱え直した。
三本もあると背中で嵩張り、歩くたびに腰へ当たってとにかく邪魔だ。どう持ち歩くかは、あとで考えることにした。
◇
砦を出る頃には、日は山の向こうへ沈みかけていた。
麓の分かれ道で三人は足を止めた。
ドムは北へ。
イスカは西へ行くらしい。
「じゃあな、ドム」
「ああ」
「次は負けねえからな」
「それを使えるようになってから言え」
「今に見てろよ」
ドムは笑い、背負った武器を鳴らしながら歩き出した。
イスカも数歩進んでから振り返る。
「ロディ」
「ん?」
「次に会ったときは、何者か分かってるかもしれない」
「じゃあ、そんときメシでも食おうぜ」
イスカは少し驚いたように目を丸くし、それから「そうだな」と笑った。
二人の背中が別々の道へ遠ざかっていく。
ロディも歩き出した。
腰には《煌日》。新しく増えた二振りは、とりあえず布で巻いて背負っている。
翌日、街道で行き会った旅人にロディは声をかけた。
「なあ、この辺で変わった武器の噂知らねえ?」
旅人は少し考えてから、「そういや」と口を開いた。
話を聞くうちに、背中の重さが気にならなくなった。
まだある。
自分の知らない武器が、この先にも。
ロディは礼を言うと、教えられた方角へ顔を向けた。
道はずっと先まで続いている。
口元が勝手に上がった。
「さて。次は何を狩りに行くかねえ」
◇
その日、街道を歩いていたのは、三本の武器をどう持ち歩くかさえ決めていない十六歳の少年だった。
ロディ。
その名を知る者は、まだほとんどいない。
だが、ずっと後の世まで、その名は残った。
人々は彼をこう呼んだ。
《タイクーン》と。
【後書き】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
『タイクーンの刀狩り』アーリーアクセス版は、今回をもって完結となります。
今後は今回の物語をもとに、設定や展開などを再構成した「正式連載版」を制作する予定です。
正式版の制作にあたり、感想もぜひお聞かせいただけると嬉しいです。
制作の参考とさせていただきます。
正式連載版の公開が決まりましたら、あらかじめこちらでもお知らせします。
続きが気になる方は、ブックマークしてお待ちいただければ幸いです。
最後まで本作にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




