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航宙重巡洋艦長良の場合

今回のインタビューは普段使わせてもらっている部屋ではなく、首都にある中央病院の中程にある病室で行いました。というのも、取材対象が高齢で既に自由には動けないからでした。私が彼のこじんまりとした病室を訪れたとき、まず見えたのは病室らしい、生活感の欠乏した白い空間、窓に映る現実離れした星空。そして、整えられたベッドとその上で体を起こしている老人でした。彼はベッドの横にあった、棚の在るサイドテーブルの方を指差して

「ここに来なさい」

と、そう言いましたから、私はそちらの方に行きました。すると、そこに背もたれのない椅子があったので、私はそこに腰掛け、改めて彼に挨拶をしたのです。

「こんにちは。中央新聞社で記者をやっている大宮です。本日は五年戦争のお話を伺いに参りました」

そう慣れたように言った私のその言葉に対して、彼は年齢の割にはっきりとした、されどその年に見合った貫禄の在る非常に聞きやすい発音でこう言ったのです。

「ご丁寧にありがとう。私は近藤孝治です。あぁ…戦中は航宙重巡洋艦の長良で副長を務めていました。今日はよろしくお願いしますね」

そう言った彼に私は早速ひとつ質問を投げかけました。

「近藤さんは綾波に勤めていた相坂さんとお知り合いだと伺いましたが、どの様な関係だったのですか?」

その質問に対して、彼はこれまでの微笑をほんの僅かに崩してこちらを見たが、それは思わずと言う風で、すぐに表情を穏やかな微笑へと戻し、こう答えました。

ー彼とは生徒と先生の関係でした。彼がまだ駆逐艦乗りになる前、訓練航海をしたのが私の船だったのです。彼は優秀でしたから良く覚えていますが、まさか生き残っていたとは…。ー

彼は思い出すように目を閉じた。しばらく経ってから、私は彼に、訓練生時代の相坂さんの印象について聞いたところ、このように彼は答えました。

ーひとつ…良く印象に残っているものがあります。訓練が始まって2日目の事です、航海では座学もしていましたから、彼を目にする機会はありましたが、そのときの印象と言うのは…率直に申し上げてしまえば中の下、というところでした。授業には良く取り組んでいましたが記憶は良くなく、試験でも平均並み程度といった感じでした。しかし、実践訓練のときに、彼は水雷科のなかでもっとも優れた結果を残しました。これには皆が驚いていました。そこで私は、艦橋の後ろの方で壁に持たれて一息ついている彼に

「君は優秀なのだね。一体何かコツのようなものがあるのかね」

と訊いたところ、彼はいっそ堂々と

「勘です。」

と言い放ったのですから、私達は一層驚きました。結局彼は合格の判断をもらって軍務に就きました。ー

彼が一通り話し終えた後に水を飲み終えて手元に在るリモコンを操作したと思えば、窓に映る景色は瞬時に消えて、真っ白な壁となにも飾っていない窓枠だけが残りました。彼は、こいつは妙に明るくて嫌いなんだ。とだけ呟いた後、こちらを見ました。少しばかり暗くなった部屋のなかで、そんな彼に私はこう切り出しました。

「それでは、早速ですが冥王星沖会戦のお話をうかがっても宜しいですか?」

彼はその目を閉じ、何かを思い出すように指でベッドを数回叩いた後に、ゆっくりと話し始めたのです。

ー当時はまだ前線にいて、私達は冥王星付近の哨戒を行う小規模艦隊の旗艦でした。開戦前は敵対国家なんて居なかったので、この哨戒任務というのも、練度の低下を防止するための演習の様なものでした。私達が任務に就いて数日が過ぎ、ちょうど冥王星の赤道直上を航行していた時です。電探員が狼狽したような様子で小さく手を上げて

「副長、少しいいですか」

と言いましたので、私は彼に近づいて、彼が指差している画面を見ました。そこには、

「付近にワープアウトする艦船あり。艦種識別不明。ワープアウトまで残り約7秒」

と表示されていました。その時は誤探知だと思いました。そうして私がモニターから視線をはずした直後、左舷前方10時の方向で空間に亀裂が入ったようなひび割れとそこから溢れる光、直後、その空間が割れて10隻ほどの航宙船がそこから私達の方に艦首を向けて勢い良く出てきました。その速度は私達の7倍ほどの速度でしたが、すぐに急減速して私達と同じくらいの速力になりました。皆が思わずといった風に席から立ち上がるようにしてその船を見ました。そして、その航宙艦の姿は、それが地球が今まで出逢ったものとは異なる異星文明であると示していました。薄く、先の尖った艦首から艦尾にかけて優麗な曲線を描く金色の船体と、その船腹を横断する一筋の線のような、太陽の光を反射する銀色の金属。艦の中央ほどにお椀型の構造物が曲線を描く甲板に埋もれるようにしてありましたが、それは船体のバランスを崩すのではなく、寧ろその船の美しさとある種の神聖さを際立たせていました。武装も、軍艦に見られる一種の威圧感すらも無かったので、私達は最初それが彼らの、戦艦と呼ばれる艦種であると気付けませんでした。私達は皆放心していました。その美しさのあまり、私達は彼らに致命的な隙を見せてしまったのです。数十秒の後、彼らの船に在るお椀型の構造物に真円の…淡い赤色の光が見えました。その直後、私達の前を航行していた駆逐艦春風を赤いビームが貫きました。直後、春風の船体中央部が膨れ上がり、そこからオレンジのまばゆい光が見えたかと思うと、春風は二つに割れるようにして爆沈しました。ここで、我々は彼らが敵であると気付いたのです。一気に艦橋がざわめき、無線は怒号と叫び声に包まれました。

「両舷前進一杯、全艦乱数回避運動」

私は咄嗟にそう口にしました。機関員の復唱の直後に甲高い爆音と微かな振動を感じ、長良は右斜め上に急速旋回して彼らから艦首を外しました。外を見ると、我々と同様に回避運動をしていた駆逐艦ニクソンの艦首に彼らの砲撃が命中し、金属片を撒き散らしながら艦首を貫きました。その後ニクソンは進路を変えて撤退を始めましたが、彼らはそれを許さず、ニクソンは艦尾を貫かれて今度こそ爆沈しました。

「全艦前進。戦域を離脱する。」

艦長は席から身を乗り出してそう命令しました。私はこの時、反撃を具申しようかと思いましたが、結局はそれを口に出すことはありませんでした。撤退中、窓枠の端に淡くオレンジの光がパッと灯っては消える、ということを繰り返していました。そして、その度に艦隊の船が減っていくのですから、無力感と恐怖で、爪が食い込むのではないかというくらい手を握りしめていました。そして、数十秒が経った後、突然彼らの砲撃が止まりました。射程から出たからでしょうが、なぜ彼らが私達を追わなかったのか、理解できませんでした。そうして、私達の艦隊はその半数を失いながらも、なんとか基地に帰還しました。基地に帰還した後、私と艦長は冥王星司令部へと出向きました。そして、そこには私達の他にも、見慣れた顔と知らない人物が十数名集まっていました。その会議で、私達はもう一度彼らと戦闘をすると聞かされました。当然、私と艦長は反対しましたが、他の人物は違いました。その場にいたほぼ全員が次々に戦闘に賛成していきました。私はもうなにも言うことができず、艦長を見ました。艦長は最後まで皆を説得しようとしましたが、軍事的妥当性があちらに在り、空気感は既に傾いている。誰も私達の言葉に耳を貸しませんでした。その後、私と艦長は艦が損傷しているだとか乗員が疲弊しているだとかの理由をつけて戦列の後方、味方のバックアップとして戦闘に参加できるようにしました。前線にいては生き残れないと確信していたからこそ、賄賂や恐喝紛いの事をして無理やり調整したのです。

そして出撃の日、冥王星艦隊に所属する軍艦の殆どがそこにいました。艦の前方に集中配備された3基の3連装砲塔と、航空機運用能力を備えた巨大な艦橋構造物が特徴的なネルソン級航宙戦艦とその周りに停泊する10隻ほどの戦艦、そして多数の巡洋艦と駆逐艦、そして数隻の軽空母が一同に集結していたのです。しかし、それが私の不安を軽くすることはありませんでした。私達の燻し銀の艦隊が、あの金色の、美しく洗練された船に勝てるとは到底思えなかったのです。そしてそれは長良の皆が共有する気持ちだったのだと思います。それを示すように、この時ばかりは皆静かでした。

出撃命令が下り、私達の艦隊は、彼らの艦隊と同航戦の形となるようにワープをしました。ワープアウトした数秒後、私達の前を航行するすべての戦艦が一斉にその主砲を敵に向けて旋回し、同時にその3本の長い砲身が順々に天を仰ぐようにして持ち上がっていきました。戦艦の主砲が右斜め上を向いて動きを止めた数秒後、主砲からレーザーが発射され、眩光と同時に砲身が僅かに後進しました。一発、二発、三発…次々と青いレーザーが彼らの艦隊に向けて延びていき、その全てが命中していたように見えました。しかし、国連軍の戦艦は彼らに有効な損傷を与えることができませんでした。あるレーザーは彼らの目前で掻き消え、あるレーザーは彼らの戦艦に当たったかと思うと、角度を変えて通りすぎていきました。そして彼らの戦艦にあるお椀型の構造物に赤い点が浮かぶのを見た私は即座に叫びました。

「総員衝撃に備え」

赤い光が一層大きく感じられたその直後、艦隊の先頭を航行していた戦艦ニューヨークに彼らのレーザーが着弾しました。どうやら前部の砲塔に命中したようで、レーザーによって砕かれた装甲板の、融解して赤くなっていた破片が彼らの艦隊とは反対側に向かって拡散するように勢い良く飛散しました。ニューヨークはその砲撃に耐えましたが、それは始まりに過ぎませんでした。私達の駆逐艦が上方向に進路を変えて勢い良く飛び出そうとした直後、彼らの10隻ほどの戦艦が私達に攻撃を始めたのです。そしてその砲撃は戦艦部隊に集中していました。始め、私達の戦艦は砲撃に耐え、彼らに主砲を撃ち続けていました。駆逐艦は船体を大きく翻して彼らの艦隊へと進路を取り、数秒進んだところで一気に左へ舵を切りました。そして彼らの艦隊と反航する形で離脱していったのです。数秒後、彼らの艦隊にいくつもの火の玉が見えました。駆逐艦部隊は、この状況下でまさしく教本通りの美しく洗練された攻撃をやってのけたのです。私達の艦隊と彼らの艦隊は砲撃戦を続けました。しかし、それから数分後、ニューヨークが突然縦に回転し、次の瞬間に大きな爆発が起きました。ニューヨークがその衝撃で勢い良く反対側に回転したかと思うと、大きな火の玉に包まれてもう二度と姿を現すことはありませんでした。そこからは一方的でした。こちらの戦艦は次々と爆発し、沈没していきました。ある艦は艦橋構造物が粉微塵に抉り飛ばされ、ある艦は爆発によって跳ねるように3回程折り曲げられて最後は爆炎に包まれて消えていきました。そして砲火は前衛の駆逐艦や巡洋艦にも降りかかりました。そして、巡洋艦部隊から攻撃を分散させようと速度を落として巡洋艦に近づいた旗艦ネルソンの特徴的な艦橋構造物に彼らのレーザーが着弾しました。レーザーは艦橋構造物を易々と貫通し、そこに積載していた新品同然の戦闘機を、壁面に大きく描いてあった国連宇宙軍のラッピングもろとも消し飛ばしました。そして旗艦から全艦に通信が送られました。

「作戦中止、全艦は速やかに撤退せよ」

私達の所属していた後方部隊も、慌てて進路を変えて離脱を図りました。しかし、彼らが撤退を許す筈がありませんでした。彼らの砲撃は撤退する味方艦隊を次々と沈没させていきました。中には、沈没した味方の残骸と激突して、炎に包まれる船もいました。まさに前線は阿鼻叫喚の地獄絵図でした。そんな中、突如としてネルソンが彼らに艦首を向け、猛烈なレーザーの嵐の中でピタリと停止しました。そして、再び通信が聞こえたのです。

「我、ロイヤルネイヴィーとして、その矜持を示さん。全艦は我に構わず撤退されたし。」

そして、ネルソンの艦首に蒼い光が収束していくのが見えました。光はみるみるうちに膨らみ、彼らもまたネルソンへと攻撃を集中しました。砲撃がネルソンを掠めて右舷装甲帯が融解し赤く焼け爛れ、また別の砲撃が艦橋の頂上にあるレーダーを消し飛ばしました。直後、巡洋艦がネルソンの前に飛び出し、艦橋構造物をこちらに向けたかと思うと、次の瞬間には爆沈し、ネルソンの艦橋とその砲塔を照らしました。直後、駆逐艦がその巡洋艦の残骸を押し退けて飛び出しました。その駆逐艦もまた、レーザーに船体を貫かれて一瞬で爆沈しました。

そして、ネルソンの艦首から蒼く太いレーザーが発射されました。国連軍の持てる技術のすべてを注いだ決戦兵器である超重力砲でした。蒼い濁流は彼らの戦艦を包みました。しかし、その結果を見届ける前に、私達はワープで戦域を離脱しました。結果は凄惨たるものでした。国連軍は太陽系外縁部の防衛を担う第3艦隊の約8割を失い、この戦争における主導権を握る最初で最後の機会を失ったのです。数日後、彼らとの戦争が始まったと正式に通達されました。これが、五年戦争の始まりというわけです。

…いかがでしたか。ー

そう言って話を締め括った彼は、出会った頃と同じような柔らかい笑みを浮かべていた。ここで私は彼にひとつ質問をしました。

「その後、氏はどの様に過ごされたのですか」

その質問に対して、彼は少しうつむきながらも語り始めました。

ー戦闘が終わった後、私達には戒厳令が敷かれました。そして、口を出す間もなく私達は教導隊へと配属されました。今思えば口封じの為の措置ではあったと思いますが、それでも確かにやりがいというものも感じたのです。ー

「その後の戦争の推移をどう思いましたか?」

ー最初に彼らと戦ったのは私達ですから、彼らの恐ろしさも良く理解していました。だからこそ、国連軍が負けていると聞いても特段驚きはしませんでした。それでも、終わり方に違和感を感じたのを覚えています。いくら劣勢とはいえ、あの国連軍がこうもすんなりと敗けを認めるとはどうも考えられませんでした。それでも、当時の私は戦争が終わったことを純粋に喜んでいました。ー

そう言って彼は壁に埋め込まれたウォーターサーバーに手を伸ばし、水を一杯飲み、小さなため息をつきました。彼は微笑を浮かべたまま、枕に体を預けた様子で私を見て聞きました。

「聞きたいことはこれだけですか」

そう言った彼は私の目をじっと見つめていました。私はその瞳に見つめられて、思わず目を反らしました。ウォーターサーバーのカコン、という音が耳に残りました。そして、もう一度それが音を鳴らしたとき、私は彼の目を見てこう聞いたのです。

「五年戦争は実際には8年ほど続いていたと聞いたのですが、本当でしょうか?」

その瞬間、彼はほんの少し目を見開きました。どうしようもない、重苦しい沈黙が病室を包み込みました。エアコンの微かな稼働音と外から聞こえる規則的な足音、外の景色を写すことのない窓枠と染み一つ無い壁、天井。いかにも病院然とした消毒液の匂い。それら全てが私を押し潰さんとしていました。10秒か、30秒か、永遠とも思える時間の後に彼は口を開きました。

ー冗談でも、そんなことを言ってはいけない。それは所謂戦場の霧というものだろう。私も、同じような噂を何度も聞いた。君が聞いたのもよくある作り話の一つだろう。誰から聞いたんだ。ー

「相坂さんです」

今度こそ彼は絶句し、目を見開いた。その目は大きく見開かれ、微かに開いた口からは細く息が零れていました。そして、思わず、といった風に文章にならない言葉が漏れ出していました。

数分がたって、落ち着いたように見える彼が再び話し始めたのです。

ー彼は私がそれに詳しいと言ったのか...それはある意味では本当だが、間違いでもある。まず、私は直接それを見たわけでもなければ、政治の話を知ってるわけでもない。ただ、その場面に出くわしただけだ。ー

「その事についてお聞きしても...」

ー断らせていただく。なにも知らないあなたが聞いても、きっとなにもわかるまい。まぁ、私がうまく説明できないだけですがね。ただ…それでも、いつかあなたに話したいと思う。ー

そう言った彼は今度こそ横になり、ベッドを水平に倒しました。そしてまた、最初と同じような柔らかい笑みでこう言ったのです。

ー今日のところは帰りなさい。これ以上話せることはないよ。あと、私の生徒の名簿を渡しておこう。最低限の照合はできるでしょう。ー

そう言って彼はサイドテーブルから小さな箱を取り出し、出口の方を見ました。そして、私は記憶媒体の入った上等な箱を手に取り、出口へと向かいました。そして振り返ってこう言ったのです。

「ありがとうございました。それではまた次の機会に。」

そうして私は病室を出て、扉を閉めました。

…記録するに値する話はここまででした。近藤さんの写真と長良型の写真をいくつか添付しておきます。それでは、よろしくお願いします。

 中央新聞社/社会部/大宮


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