名も無き駆逐艦の場合
まず、インタビューについて書く前に、涼宮さんの忠告については確かに受けとりました。しかし、昇進については以前断ったはずです。私はこの記者という立場に誇りを持っています。なので、昇進については改めて遠慮したく思います。
・以下インタビュー内容
彼と私は机を挟んで向かい合い、数分の雑談の後にインタビューに入った。
「こんにちは。本日は取材を受けてくださりありがとうございます。」
こう言った私に対して、彼は穏やかな口調で返した。
ーこちらこそ、あの戦争について話す機会をくれてありがとうございます。ー
彼の印象についてであるが、第一印象は穏やかそうな性格に見えた。物腰柔らかく、言葉遣いも丁寧であった。
「五年の戦争の火星沖海戦では、突撃宇宙駆逐艦浜風に乗務していたということで間違いないですか?」
ーえぇ……合っていますよ。改めまして、駆逐艦浜風で水雷長を拝命していました。相坂と申します。とは言っても、当時は対艦刺突刀の管理が主な仕事でしたが。今日はよろしくお願いしますね。ー
と言った彼の顔つきは穏やかであるように見えた。出だしが悪くないことに私は満足し、早速本題を切り出した。
「では、火星絶対防衛権の戦闘についてお話を伺ってもよろしいですか?」
彼は一つ深呼吸をして、静かに話し始めた。
ー火星絶対防衛権の戦闘が始まる三ヶ月ほど前です。第二次土星沖海戦で座乗艦を失った私が新たに着任することになったのが、駆逐艦浜風でした。着任前は最新鋭の突撃駆逐艦だと知らされていたので、少しばかりの勇み足で集合場所に向かいました。そして、私は自らの目を疑いました。というのも、地下ドックにいる浜風の艦首下側、本来であれば対艦レールガンなり魚雷発射管が搭載されている場所に、前方に大きく突き出した浜風の半分ほど……四十メートル程度の巨大な先の尖った板のような装備が照明の光を鋭く反射していました。浜風との接合部には、おそらく衝撃吸収用であろう巨大な油圧装置や送電装置のようなものも見えたので、これが衝角のようなものであると容易に想像できました。そして、艦尾に四つ。船体を中心に少し離れて取り付けられている、浜風の艦尾より少しばかり細い四つの円柱とその後ろに搭載された時代遅れなロケットエンジン。私には、これが自爆兵器にしか見えませんでした。ここが私の死に場所かと思い、体から力が抜けたのを感じました。そして無機質な会議室の一角で、その特殊兵器を扱うのが私だと伝えられたのです。その後、この兵器の運用方法を聞き、自爆兵器ではないと伝えられましたが、その運用方法は常軌を逸していたと思います。ー
彼は早まりかけた口を抑えるように話を区切り、一息をつき、椅子に寄りかかって再び話し始めた。
ーともかく、二ヶ月間の完熟訓練の後、私と浜風は第一次火星沖海戦への出撃命令が下りました。集合場所の宙域に到着した時、そこには浜風と同様の装備を搭載した駆逐艦が百隻ほどいました。宇宙空間で見る対艦刀は太陽の光を鈍く反射し、明らかに駆逐艦にとっての異物……あるいは根本が異なるものでした。これまでの駆逐艦戦術を根本から覆しうる兵器に、私はある種の不気味さを感じたと思います。ただ、それが兵士としての心持ちから来るのか、或いはこれからの作戦に対する恐怖からくるものであるかは、わかりませんでした。数分後、オープン無線から聞こえる接敵報告と、悲鳴のような報告。これまで、私達駆逐艦乗りは真っ先に接敵し、交戦するというのが常でした。後方からこれから行く戦場の様子を無線越しに聞くのは……恐ろしかった。心の中を占めていた熱狂が鳴りを潜め、冷静の冷水が心の中に侵食していることを否応がなく自覚することを強いられる。しかし、それと同時に亦別の気持ちも生まれました……仇をとらねばならぬと。あの戦闘は、明らかに司令部の想定した戦場とは違っていたと思います。それでもオペレーターは冷静であるように努めているように聞こえた。無線機より指示。「全艦、ワープ用意。目標、敵艦隊直上」。後ろにある艦長席から「装備確認」の指示。私は画面を一通り確認し、コンソールの橋にあるスイッチをひねり、ランプが灯ったことを確認した。私は振り返ってこう言った。「対艦刺突刀用意よし。全システム異常なし」。直後、「全艦ワープ初め」の声と同時にエンジンの唸りが低い重低音から甲高い音となり、振動とともに加速を始めた。そして、浜風はワープを行い、戦場へと向かいました。数秒後、これまで聞いたこともないような轟音とともにワープアウトしました。作戦通り、我々の艦隊は敵艦隊の上方から、突っ込むようにして作戦宙域にワープしたのです。目の前で繰り広げられていたのは、味方の戦艦部隊と敵艦隊との一方的な艦隊戦でした。二色の砲撃が交差し、味方艦隊から爆炎が上がり、後方の艦になる程、陣形が崩れていました。数瞬の呆然を途切れさせたのは艦長の声でした。「補助ブースター点火、主機関回転数下げ。目標、正面の敵戦艦」。この指示の直後、艦尾が明るく光り、何かに掴まらなければ立っていられないような振動が私達を襲いました。その振動は五秒ほど続き、振動が収まった直後、「補助ブースター切り離し。スラスター、マニュアル操作開始、操艦権限を水雷長に委任」。艦長の声の少し後、右手の方にあったジョイスティックのランプが点灯しました。私は目標の敵戦艦に進路を向けました。浜風は凄まじい速度で敵艦に近づいていました。距離変化を知らせる電子音はもはやひとつの連続した音の様でした。敵艦の姿が近づくにつれて、私の手の震えは大きくなっていたように思えます。そして、私が敵艦に照準を固定し、「照準良し」と言いました。「総員、衝撃に備え」。艦長が叫んだ直後、青白い閃光が対艦刺突刀の先から煌めき、コンソールの手摺を掴んでいた手が引きちぎられようかと思う程の衝撃。そして、敵の装甲を突き破る、女性の甲高い叫び声と爪で黒板を引っ掻く音を同時に鳴らしたような凄まじい音。船体のダメージを表示するランプは赤く点灯し、ベル音が艦橋に響きました。そして停止。永遠に思える二秒を敵艦の上で過ごした後、「対艦刺突刀切り離し、エンジン推力切り替え。逆進一杯。離脱! 離脱!」。直後、小さい爆発音と共に、文字通り、手を伸ばせば届く位置にあった敵艦が急速に遠ざかった。しかし、同じ敵艦に突っ込んだ僚艦はまだ敵艦に突っ込んだままでした。恐らく、油圧装置が衝撃で壊れたのか、あるいは離脱装置が不具合を起こしたのか。今となっては分かりませんが、そのような艦は僚艦以外にも複数いたと思います。そして、敵艦から二百メートル程度離れた時、「船体立て直せ。エンジン推力切り替え、両舷前進一杯。急げ」の号令と同時に敵艦から爆炎が見えた。有効な損害を与えられたかは分からなかったが、少なくとも攻撃には成功していたのです。そして、浜風は縦方向に回転し、敵艦を視界から外した。同時に、主機関の駆動音と光。後は戦場から離脱するだけでした。しかし、少し進んだ直後に小さな破裂音が艦後部から聞こえると同時に主機関の駆動音が止まり、加速度計は突然ゼロを示した。数秒後に悲鳴のような機関員の声。「主機関異常発熱。釜が焼き付いて動けません」。これは、私達の死を……意味していました。先に言った通り、私達の艦は敵艦隊のど真ん中にいました。そんな中、等速直線運動などしていたらただの的と言っても差し支えありません。機関員の必死の復旧作業にもかかわらず、機関はついに動きませんでした。周りを見ると、二十隻ほど、エンジンが光っていない駆逐艦がいました。無事に離脱できた駆逐艦は恐らく十隻程度だと思います。艦橋を支配したのは、先程までの熱狂ではなく、異様な静寂でした。機械の冷却ファンの音が響いていたのをよく覚えている。一時間にも二時間にも思える数十秒が経った後、一通り辺りを見回した後、私はもう意味のないコンソールから手を離し、背もたれに体を預けました。士官室に整えられた椅子の心地よさと、自らの汗が染み付く気持ちの悪さを同時に感じ、私は大きく息を吐きました。しかし、ここで奇跡が起きました。敵艦隊が次々にワープし、撤退していったのです。数十秒後、そこが戦場であったと忘れてしまいそうな空白のみが残り、私は生き残ったのだと分かりました。ー
そうして彼は一通り話を終えた。彼の座る椅子の背もたれから音が鳴り、彼は目を閉じた。ここで私は彼に質問をした。
「この時……ええと、対艦刺突刀を使っていたときですが、なにか意識していたことなどはありましたか?」
この質問に対して彼は少しばかり声色を変えて答えた。
ー意識……と言うより難しかったことになってしまいますが、スラスターの操作が独特でした。と言うよりかは、私はこの時まで軍艦の操作と言うのを本格的にしたことがなかったので、操作感覚と言うのをしっかりと掴みきれていなかったのです。私の操作から一拍遅れて船が動く、当て舵をしようとしても、自動修正とタイミングが重なれば行きすぎてしまいます。これが難しかったですね。ー
「ありがとうございます。」
彼は一通り質問に答えた後、再び話を続けた。私は彼がこれ以上話をするとは思っていなかったので、とても驚いた。
ーこの戦闘から帰った後、しばらく経ってから私たちには新たな艦が与えられました。航宙突撃駆逐艦「綾波Ⅲ」という艦です。艦首の対艦刺突刀と後部のブースターという構成は同じでしたが、対艦刺突刀の形が大きく異なりました。上下両側にあった刃は下側だけとなり、その分身幅は細くなっているように見えました。刀身は真っ直ぐでしたが、どことなく日本刀に近いと感じたのを覚えています。私が初めてその船を見た時……それは地下ドックの中でしたが、そんな船が数十隻も横並びで配置されて、紙よりも細い様に見えた鋭い切先がどれも照明の光を鋭く反射しているのですから、恐怖に近いものを感じたと思います。その後、この綾波Ⅲは無人の駆逐艦隊の指揮をすることになるとも言われた。私はその担当ではなかったので、せいぜい五隻程度を指揮するのだとばかり考えていました。しかし、その予想は裏切られることとなりました。第一次火星沖海戦の勝利後、勢いに乗って実行された木星奪還作戦に国連軍が敗北した頃、私たちは完熟訓練を完了しました。そして、その二週間後に起こった第二次火星沖海戦で綾波Ⅲは初陣を迎えることとなりました。集合宙域に到着した時、そこには三百隻近くの無人駆逐艦がいました。我々はそのうちの二十隻を指揮することとなったのです。第二次火星沖海戦の戦術は前回のものと大差ありませんでした。唯一違う点が有るとするならば、それは航空優勢の消失でした。木星奪還作戦とそれに続いて起こったカリスト守備軍撤退作戦で航空戦力のほとんどを失った国連軍は今回の海戦に有効な航空戦力が出せなかったのです。それにともない、今回の海戦では戦艦の支援のもと、突撃駆逐艦による同時多方攻撃が実行されることになりました。私達が宙域に待機を始めてから二日後、敵の予想進行ルートに展開していた主力艦隊より連絡が入りました。「我、敵艦隊と接敵、数百以上」。この報告に、無線がざわついたのを良く覚えています。私達も気分が少しばかり盛り上がりました。戦艦ですら沈められない敵を私達が一撃で沈めるというのですから、興奮しない方が無理がありました。数分後、司令部より「全艦ワープ始め」号令がかかり、私達は戦場に向かったのです。ワープアウトの時、氷が割れるような音と主機関の甲高い駆動音、敵艦隊と味方戦艦部隊、双方から撃ち出されるビームの光、そして窓枠からはみ出して余りある火星。それらが一気に私の目に飛び込むと同時に、見張り員からの報告が響きました。「敵艦隊まで約五キロ」。直後、艦長の指示が聞こえました。「全艦、補助ブースター点火。対艦戦闘用意」。そして、轟音と振動が私の体を貫きました。数度の訓練を通してある程度は慣れていましたが、それでも宙に浮くような錯覚がしました。数秒の後、敵艦隊に赤い点が見えると同時に私達の真横をレーザーが貫き、斜め後ろにいた無人駆逐艦が爆沈しました。驚くべきことに敵は、新兵器である対艦刺突刀に対する有効な防御方法を大まかではあるものの、既に獲得していたのです。そしてそれは始まりに過ぎませんでした。敵艦隊の砲火は苛烈を極めました。敵のレーザーは弾数は少なくとも正確に目標を撃ち抜き、私達の部隊は次々とその数を減らしていきました。そして、視界の端に突撃ルートを外れてあてずっぽうな方向に向かう二十隻近くの駆逐艦が見えました。恐らく嚮導役となっていた有人艦が沈んでしまったのでしょう。というのも、当時の無人艦に搭載されていた人工知能は性能が低く、ワープアウトしてから敵艦を捕捉する約三十秒の間は有人艦が先導する必要があったのです。そして、先導する有人艦が沈んでしまったのですから、敵艦を捕捉できずに変な方向に進んだのだろうと思いました。それらを尻目に、私達の部隊は敵の砲撃に回避運動を取ることもできず、まっすぐと敵艦隊に突っ込んでいきました。対艦刺突刀は突入時に繊細な角度調整を要求するので、回避運動を行って位置がずれた場合に攻撃が失敗してしまう可能性が高かったのです。そして、その数秒後、「無人駆逐艦各艦、目標捕捉に成功。本艦の指揮下から離脱を確認」との声が聞こえました。直後、「補助ブースター切り離し。スラスター操作、水雷長に委任」の声。振動が収まったことを確認し、私は照準を合わせるためにスティックを動かしました。その横では、無人駆逐艦が艦首を貫かれ、あるいは艦橋構造物がなぎ倒されて爆炎を吐き出しながら次々と沈没していました。刹那、青白い閃光が窓を覆い、油圧装置が衝撃を緩衝する重低音が小さく聞こえた直後に、敵の装甲を突き破る例の甲高い音が大きく響きました。そして、数瞬が過ぎた後に艦は飛び出すように後ろ向きで敵艦から離脱し、敵艦からの距離が目測で百メートル程となったときに、右に船体を傾けながら一気に後方に艦首を向けました。このとき、上に淡い赤色の光を見たと同時に、艦に大振動が加わりました。艦橋にあるありとあらゆるランプが一気に赤く灯り、ブザー音と警報音の大合唱が響きました。綾波Ⅲは被弾したのです。しかし、幸運なことに離脱に必要な装備は正常に作動しました。そして、私達の艦は旋回を続け、正面に見えた敵艦は窓枠の下に消えて、代わりに美しい星空が見えました。横を見ると、数隻の駆逐艦が私達の横を全速力で航行していました。そして、ワープによって戦闘宙域を離脱し、全ての駆逐艦隊が集合したとき、その数は明らかに少なくなっていました。私達の部隊で離脱に成功した船は二十隻のうちたったの八隻で、私達以外の部隊も含めた損耗率は七割を超えていました。そして、膨大な数の駆逐艦を犠牲にしたこの作戦で突撃に成功したのは全体の四割程度、撃沈した敵艦の数に至っては二十隻程度でした。しかしそれでも、当時の私達はこの作戦には意義があったのだと、敵艦隊は撤退したに違いないと信じていました。これは戦闘が終わり、基地に帰還した後に知ったことでしたが、その望みとは裏腹に、敵は攻撃を中止しませんでした。国連軍が対艦刺突刀を装備した駆逐艦を主体とする第二次攻撃隊を出す余力がないことを、敵は正確に察知していたのだと思います。結局国連軍は火星沖に展開した主力艦隊の八割を失い、火星基地を喪失しました。この事は、地球が外宇宙へと足掛かりを失い、敵の脅威がいよいよ近づいてきたことを示すことに他なりませんでした。ー
「この戦闘のあと、相坂さんや駆逐艦綾波Ⅲはどうなったのですか?」
この質問に対して、彼は少しばかりの諦観の表情を浮かべて深いため息をついた後に、ゆっくりと口を開きました。
ー結局、綾波Ⅲは廃艦になりました。あの被弾は私達の想像した以上に深刻だったようです。帰港してそのまま浮ドックに送られた私達が、船から降りて振り返ったときに見たのは、ボロボロになって眩しい照明の下に佇む綾波Ⅲでした。滑らかに研磨されていた外板は巨大な爪で引っ掛かれた様に大きく抉られていて、内部にあった色とりどりの配線は融解して黒くなった外板に力無く垂れ下がっていました。後から知らされた話では、左舷装甲帯が軒並み蒸発して機関部が露出していたらしいです。あと少しでもずれていたら爆沈していただろうと聞いたときには胆が冷えたことを良く覚えています。私達はその後、教導隊に配属されました。私達以外で生き残った駆逐艦乗りも一部を除いて各地の教導隊に配属されたと聞きました。それからしばらく後、終戦間際に一度だけ出撃命令が下りましたが、結局基地を離れる前に作戦中止と終戦が伝えられました……これで私の話は全てです。ー
そう言って彼ははじめと変わらぬ声色で、されど少しばかり清々しそうに見える顔で話を締め括りました。しばらくの沈黙の後、気まずさを感じた私が彼に質問をしようとして椅子に座り直すと同時に、
「何か……質問がありますか?」
と彼は言いました。このとき、私は緊張していたのだと思います。彼に試されていると思いました。顔に汗が一筋流れるのを感じました。そして、刹那の逡巡を経て、私は彼の目をまっすぐと見て、こう質問をした。
「終戦のとき、どのような気持ちでいましたか?」
このとき、私は躊躇してしまいました。彼はこの戦争を戦争足らしめるに至った三年間を兵士として生きてきたのですから、私が知りたいと思ったことを直接的に聞くことも出来たのだと思います。私の内心とは裏腹に、彼は何かを思い出すように指をくるくると動かして、しばらくそうした後にゆっくりと語り始めた。
ー私が終戦のあのとき……出撃命令を受けて荷物を積み込んでいたときでしたが、周りの皆の雰囲気は意外にも悪くはありませんでした。いえ……そう言ったら語弊がありますね、皆が雰囲気を良くしようと努めていました。何しろ戦闘の光が地球からでもくっきりと見えるほどでしたので、私達がどれ程追い詰められているかは皆分かっていました。それでも、皆が空元気を出して「今度は戦艦を沈めてやるぞ」だとか「久々の戦場だから腕がなる」みたいなことを口々に言っていました。そんな時です、滅多に慌てることのなかった訓練教官が、これ迄に見たこともないような浮かれたような……慌てているような様子で手に握られてすっかりシワだらけになった切手ほどの紙を掲げて艦橋に飛び込んできてこう叫んだのです。
「終戦だ、終戦だ。作戦中止、中止」。
一瞬にして艦橋の皆が止まり、一斉に教官を見ました。皆、彼がこのようなたちの悪い冗談を言うのだとは全く思っていませんでしたが、皆等しく彼の言葉を疑ったのです。もちろん、私もまた疑いました。しかし、彼の持っていた紙……司令部からの文書でしたが、それを見て本当に終戦したのだと気付きました。その瞬間、私は我を忘れたように喜びました。しかし、それも一瞬でした。次の瞬間には理性の冷や水が私の心を支配し、虚無感とある種の諦めを感じたのだと思います。ー
当時の諦めと清々しさを綯い交ぜにして吐かれたかのようなため息に、私は思わず息を潜めました。なんと彼に声をかければ良いのか、かけるべき言葉や質問すべきことは多くありました。しかし、そのどれもがこの場にはふさわしくないような気がしてならなかったのです。そして、私の気持ちと裏腹に、彼は吐き出すようにこう言った。
ー8年も続いた戦争が終わったのですから、そうなってしまうのも仕方なかった。ー
刹那、当然の疑問を感じました。否、感じてしまった。全身で鳥肌が立ち、冷や汗が流れるのを強く感じました。次に私が感じたのは強い恐怖でした。理性が、記者としての経験がこう言うのです……もうダメだ、と。この様な恐怖を感じたことは何回かありました。そして、その恐怖を乗り越えた者の末路もまた何度も見てきた。しかし、それでも私は話を続けることを選んだ。
「五年の戦争の期間は、五年と少しであると記されているのですが……」
覚悟をして、震えた声で弱々しくはなったこの質問に、彼はあっけらかんとこう答えた。
ーあぁ……そう言えばこれは軍機だったか。今になっても解除されていないのか。ー
ここで私に残されていた微かな逃げ道は切り落とされました。私達が知らないところで、戦争は始まり、続いていたのです。
私は知ってしまった。「知恵が多ければ悩みも多く、知識を増す者は憂いを増す」。ある日の授業で読んだ一節が不意に思い起こされました。もう私は後戻りはできないのでしょう、一度知ったことはもうなかったことにはできないのでしょう。私は考えてしまったのです。そんな私の心境を知ってか知らずか、彼はこう言った。
ーあいつなら、この事についてよく知っているだろう。ー
そんなことを言った彼は実に楽しそうな笑みを浮かべていました。
……記録するに値する話はここまででした。この後は、その彼について詳しくお話を伺いました。相坂さんの写真と綾波Ⅲの写真をいくつか添付しておきます。それでは、よろしくお願いします。
中央新聞社/社会部/大宮




