だって可愛いもん
魔力ゼロ。
状況は絶望的。
それでも――助ける。
理由は一つ。
可愛い女の子だから。
鎧を着た王都兵が足を止め、エディルを睨みつけた。
「お前は誰だ」
エディルは肩をすくめる。
「通りすがりの田舎者です」
「……は?」
「いやほんとに通りすがり」
自分の服をつまんで見せる。
ボロボロのスウェット。
三日間のサバイバル生活で、さらにみすぼらしくなっている。
王都兵は露骨に顔をしかめた。
「冗談はそこまでだ」
剣を構える。
「後ろにいる女を渡せ」
エディルはため息をつく。
背後では、銀髪の女が震えていた。
「やだ」
即答だった。
王都兵の眉がぴくりと動く。
「退かねば――」
剣先が喉元へ向けられる。
「お前ももろとも斬る」
一歩、踏み出す。
「最終警告だ。そこをどけ」
沈黙。
エディルは少し考えるように空を見上げる。
そして。
「絶対に嫌だ」
迷いはなかった。
次の瞬間、王都兵が斬りかかる。
「危なっ!」
間一髪で身をひねる。
剣が空気を裂く。
だが、止まらない。
続けざまの二撃目。
「危ねえって言ってんだろ!」
避けながら怒鳴る。
「このクソ野郎が!」
炎は出ない。
魔力もない。
なら――殴るしかない。
拳を振り上げ、そのまま鎧に叩きつける。
だが。
鈍い音。
次の瞬間、全身に衝撃が走った。
「なにこれ!?」
手を押さえる。
「痛いんだけど!!」
涙目になるエディル。
その一瞬の隙。
王都兵は見逃さなかった。
足蹴り。
身体が地面に転がる。
「終わりだ」
剣が頭上に掲げられる。
振り下ろされる――
「ふざけんな!!」
絶望の中で叫ぶ。
横目に見える。
後ろで震える銀髪の女。
(また……)
胸が締め付けられる。
(また誰も助けられないのか……)
ジュラ。
父。
城の仲間たち。
あの光景が蘇る。
その瞬間。
喉の奥が、熱くなる。
何かが込み上げる。
「――っ」
次の瞬間。
エディルの口から、黒い炎が噴き出した。
黒炎のブレス。
全盛期には遠く及ばない。
それでも。
王都兵を吹き飛ばすには、十分だった。
轟音。
兵士の身体が数メートル後方へ弾き飛ばされる。
鎧が地面を転がる。
「……は?」
エディルは自分の口元に手をやる。
(なんでブレスが出た?)
魔力はないはず。
だが確かに、出た。
その直後。
全身から力が抜ける。
「……っ」
強烈な疲労。
呼吸が荒くなる。
「はぁ……はぁ……」
分からない。
ただ一つ。
――あの女を守ろうとした瞬間に出た。
それだけは確かだった。
理解できないまま、思考がぐらつく。
「……はぁ……」
汗が止まらない。
胸が焼けるように熱い。
(なんで出たんだ……)
魔力はない。
確かに空っぽのまま。
それなのに、炎は出た。
答えは出ない。
その時。
背後から声がする。
「大丈夫ですか?」
振り返る。
銀髪の女が、不安そうにこちらを見ていた。
「……はぁ、はぁ」
まだ息が整わない。
まともに返事もできない。
それでも女は、ほっとしたように微笑む。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「……どうも」
やっとそれだけ返す。
女は駆け寄ってくる。
心底嬉しそうな顔。
その表情を見た瞬間。
エディルは、思った。
(可愛い)
それだけだった。




