ブスなら助けない
まだ息が整わない。
「……はぁ……」
胸が上下する。
喉が焼けるように熱い。
「だ、だい……大丈夫」
かすれた声。
女は心配そうに顔を近づける。
「本当に大丈夫ですか?」
距離が近い。
かなり近い。
(キスしてえ)
欲に忠実な男である。
だが。
声が出ない。
身体も思うように動かない。
それでも、反射的に手を伸ばす。
その瞬間――
「反乱者どもー!」
怒号。
「……」
振り向く。
先ほどの王都兵の仲間らしき兵士たちが、ぞろぞろと現れる。
鎧の音。
剣の音。
こちらに向かってくる。
(まだいんのかよ……)
焦る。
魔力はゼロ。
体力もほぼ限界。
「しつこい!」
女が舌打ちする。
すっと立ち上がる。
両手を掲げる。
空気が一瞬で冷えた。
次の瞬間。
地面。
木。
空気。
すべてが凍り始める。
巨大な氷が、地面からせり上がる。
兵士たちの前に――
氷の壁。
(なにこれすご)
素直に感心する。
だが女は振り向かない。
そのままエディルの手を掴む。
「走って!」
森の方へ駆け出す。
エディルは走るのが苦手だ。
飛ぶことはあっても、走ることはない。
ぐうたらな王子。
体力も限界。
息も上がっている。
だが。
右手から伝わる。
柔らかい感触。
(最高)
心の底から思った。
二人はそのまま森へと逃げ込んだ。
森の奥。
かなり深くまで進んで、ようやく足を止める。
「ここまで……来れば……」
息を整えながら。
「安心ですね」
額には汗。
頬はほんのり赤い。
(え、ちょっと興奮する)
やはりダメなクズ王子である。
しばらく荒い呼吸が続く。
やがて、少しずつ落ち着いていく。
女は深く頭を下げた。
「本当に助けてくれてありがとうございます」
喉がまだ痛い。
声も枯れている。
それでも。
「……いいってことよ」
なんとか絞り出す。
女は嬉しそうに微笑む。
「なんと御礼をしたらいいのか……」
エディルは肩をすくめる。
「困ってる人を助けるのは礼儀だ」
女の目が、少し輝く。
「そんな……」
両手をぎゅっと握る。
「とても優しい人なんですね」
そのまま。
エディルの手を握った。
(やば)
(これ)
(惚れられてる)
完全に有頂天である。
そして。
満面の笑みで言った。
「だって可愛いもん」
「……は?」
「ブスなら見捨ててたよ」
嘘偽りなし。
100%本音。
満面の笑み。
その瞬間。
女の表情が。
すっと消えた。




