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この世界はなんかおかしい  作者: 16時間
戦士 ドレイク
74/78

死んでも、

タルタロスから離脱した二人。

遠く離れた人気のない山へと降り立つ。

そこには広い洞窟があり、とりあえず一晩は過ごせそうだった。

辺りも暗くなり始め、二人は洞窟で休むことにする。


「……ごめん。重かったよね」

ユキノがぽつりと口を開く。

「さっき、運んでくれて……ありがと」


「え?」

エディルは少し驚いたように振り返る。

「全然。あれくらい余裕だし」


軽く肩を回す。

「ユキノならお安い御用」

いつもの調子。


(またこいつは……)

ユキノは内心で呆れる。


少しして。

完全に日が落ちる。

周囲は闇に包まれ始めていた。

ユキノは近くの枝を集め、エディルが黒炎で火を起こす。

焚き火の灯りが、二人を照らす。


並んで座る。

静かな時間。

火の音だけが、ぱちぱちと響く。


やがて。

ユキノが口を開いた。

「……ずっと気になってたんだけど」


「ん?」

エディルは火を見たまま答える。


「それ」

少し視線を上げる。

「エディルの、本当の姿なんだよね」

角。

翼。

改めて見ると、人間とはまるで違う。


「……ああ」

エディルは短く答える。

少しだけ間。

「……怖い?」

軽く聞いたつもりだった。


だが。

内心では。

(……どう思われてる)

ほんの少し、不安があった。


「……怖くないよ」

ユキノはすぐに答える。

間を置かず。

「むしろ」

少しだけ笑う。

「ずっと守ってくれて、ありがとう」


そのまま。

エディルの角に、そっと触れる。

「ちょっとかっこいいじゃん、それ」

くすっと笑う。


「まあな」

エディルは鼻で笑う。

「俺、色男だし」

当然のように言い返す。


だが。

(……いやちょっと待て)

(それ普通に)

(心臓に悪いんだけど)


顔が熱い。

焚き火のせいじゃない。

赤くなっているのがバレないように。

視線を逸らす。

誤魔化すように。

少しだけ笑った。



そのまま、和やかな空気になる二人。

エディルは魔界での話をし始める。


どれだけ働くのが嫌だったか。

どうやって毎日仕事をサボっていたか。

父親に「働け」と怒鳴られたこと。

くだらない話ばかり。


だが。

ユキノはそれを、楽しそうに聞いていた。

小さく笑いながら。

時間が、ゆっくり流れる。


やがて。

話が途切れる。

少しの沈黙。

焚き火の音だけが響く。


「あ、もう一個聞きたい」

ユキノが、ふと思い出したように口を開く。


「ん?」

エディルは軽く返す。

「今度は俺が親父と大喧嘩した話か?」

少し乗り気になる。

「あれはたしか――二百歳くらいの時でさ」

話し始める。


「違う」

即座に止められる。


「えー!?」

エディルは露骨に顔をしかめる。

「めちゃくちゃかっこいい話なんだけど!?」


「そうじゃなくて……」

ユキノはため息混じりに言う。


少し間。

「なんだよ」

エディルは、少しだけぶっきらぼうに返す。


ユキノは、ちらりと視線を向ける。

少しだけ、間を置いて。

「……さっき」

静かに切り出す。


「私のこと」

焚き火の火が揺れる。

「誰の女だ、って言ったよね」


エディルの肩が、わずかに固まる。

「それに」

さらに続ける。


「俺だってキスしてねえのに、って」

少しだけ首を傾ける。

「……あれ、どういう意味?」


沈黙。


逃げ場のない問い。

焚き火の音だけが、やけに大きく聞こえる。



「あ、それは……」

エディルは視線を逸らす。

言葉が出てこない。

しどろもどろになる。


思い出す。

戦闘の後。

ユキノが無事だったこと。


安堵。

そして高揚。


だが――

他の男に触れられたと知った瞬間。

頭が真っ白になった。


勢いで吐いた言葉。

だが。

ただの勢いじゃない。


あれは――

本音だ。


誰にも触らせたくない。

誰にも見せたくない。

傷つける奴は、許さない。


(……誤魔化せねえな)

エディルは、観念する。


ゆっくりと。

ユキノへ視線を向ける。

まっすぐに。

逃げずに。


「……なによ」

ユキノは少しだけ目を逸らす。

その視線のまま。

続きを待つ。


短い沈黙。

焚き火の音だけが響く。


そして。

エディルは口を開いた。

「……好きだ」


一拍。

言葉を噛みしめるように。


「初めて会ったときから」


さらに、間。

視線は逸らさない。


「……絶対、傷つけさせねえ」


低く。

はっきりと。


「……本気なんだよ」


もう、軽口はない。

いつもの軽薄さもない。

ただ。

一人の男として。

まっすぐに。

ユキノへ想いを告げた。




「……え」


ユキノは固まる。

そのまま。

ゆっくりと、頬が赤く染まっていく。


思い返す。

エディルは、いつも軽口ばかりだった。


最初の出会い。

「可愛いから助けた。ブスなら見捨ててる」


着物から着替えた時も。

「めっちゃ可愛いじゃん!」


そうかと思えば。

他の女にも平気で目を向ける。

ニヤニヤして。

軽くて。

どこか信用できない男。


――なのに。

命を救ってくれた。

集落が襲われた時。

命をかけて戦った。


その後。

一晩かけて、全員の墓を作った。


勇者一行との戦いでも。

いつも。

自分のことより、ユキノの無事を優先していた。


言葉は軽いのに。

やっていることは、ずっと重かった。

全部が、繋がる。


「……」

ユキノは、何も言えない。


だが。

エディルは、言葉を続ける。

「……俺、本気で好きだ」


間。

視線は逸らさない。


「……多分、この先」

少しだけ、言葉を選ぶ。

「俺の方が長く生きる」

静かに。


「でも」

一歩、踏み込む。


「ユキノのことは、絶対忘れねえ」


そして。

「……死んでも愛します」


まっすぐな告白。

逃げ場のない言葉。




(……これって)

ユキノの脳裏に、過去が浮かぶ。


アルディス山。

まだ平和だった頃。



「ユキノ」

優しい声。


「俺がユキノを、死ぬまで愛します」

真剣な眼差し。

「……結婚してください」


ハルキ。

穏やかで。

優しくて。

まっすぐだった男。


その言葉と。

今、目の前にいるエディルの言葉が。

重なる。

まるで別人なのに。


どちらも。

同じくらい、真剣で。

一途で。

逃げずに向き合っている。


だが――

ハルキは、もういない。

目の前にいるのは。

エディル。


「……私」

ユキノは、少し目を逸らす。

「ハルキと、結婚するつもりだったんだけど」

小さく。

だが、はっきりと。

言う。


沈黙。

その言葉を。

エディルは、受け止める。

少しも、迷わずに。


「……それでもいい」

即答だった。

「……お前の中に」

一拍。

「まだハルキがいても」


視線を外さない。

逃げない。

「それでも」

低く。

強く。

「今のお前を守りたい」


そして。

「それが、今の俺にできることだ」



(……なんで)

ユキノの目から、涙がこぼれる。


どうして。

ここまで。

ただの出会いだった。

お互い、大切なものを失って。

復讐を誓って。

気づけば、隣にいた。

相棒みたいな存在。

それだけだったはずなのに。

いつの間にか。

胸の中で。

エディルの存在が、大きくなっていた。

エディルは、その涙を見て慌てる。


「え、ちょ――」

一歩、身を乗り出す。


「俺、なんか変なこと言った!?」

一気にいつもの調子に戻る。

「いや待て、今の流れ的に良い感じだったよな!?」

「あれ、違った!?」

「えーと、えーと……」


ちょっと騒がしい。

その様子に。

張り詰めていた空気が、ふっと緩む。


ユキノは、小さく息を吐く。

そして、口を開いた。


「……本当に」

少しだけ笑う。

「ハルキとは、大違い」


「当たり前だろ」

即答。

迷いなし。


「……うるさいし」

指を一本立てる。


「女好きだし」

もう一本。


「ニートだし」

さらに一本。


「タバコ臭いし」

ぴしっと指さす。


「ここで悪口並べるのやめてくんない?」

エディルは苦笑する。


だが。

ユキノは、少しだけ目を細めて。

静かに続けた。


「……でも」

一拍。

焚き火が揺れる。


「そんなエディルだから」

視線を向ける。


「……私も、好きになったかも」

時間が、止まる。


「……は?」

エディルが固まる。


数秒。

完全停止。

そして。


「……本気か?」

ゆっくりと確認するように。


「今、“好き”って言ったよな?」

一歩、近づく。


「……取り消すなよ?」

逃がさない声だった。


「……取り消さないよ」

ユキノは、まっすぐ言う。

「私も――死ぬまで愛します」



その言葉を聞いた瞬間。

エディルの表情が、弾けた。


「っっっっっっしゃああああああああ!!!!」

洞窟に、絶叫が響き渡る。


「これで俺の女!!」

拳を突き上げる。


「見てるかハルキ!!」

さらに叫ぶ。

「俺が幸せにするからなああああ!!!」


声量がおかしい。

無駄に通る。

洞窟中に反響する。

ユキノは思わず耳を塞ぐ。


「……静かにして」

「無理です!!!」


即答。

テンションが下がらない。

ひたすらうるさい。


(……本当に大違い)


ユキノは、エディルの背中を見る。

正反対の男。

それでも。

それでいい。

自分で決めたから。

この男と、進むと。



しばらくして。

ふと。

エディルが静かになる。


「……え、なに急に」

ユキノが不思議そうに見る。


「……あのさ」

ぼそっと。

「お前、さっき」

少し視線を逸らす。

「収容所で……キスされたんだろ」


「え、あぁ……あったねそんなの」

ユキノは軽く答える。

今の流れで、ほとんど忘れていた。


だが。

エディルは違う。

「……ムカつく」

低く、吐き捨てる。

ユキノの前に座る。


距離を詰める。

「……俺がしたいんだけど」

エディルが、少し詰め寄る。


「なあ」

さらに距離が近づく。

「……いいだろ?」



顔が近い。

焚き火の明かりが、揺れる。

闇の中で。

エディルの表情だけが、はっきりと浮かぶ。

元から整った顔立ち。


だが今は。

それ以上に。

真剣で。

どこか、焦っていて。

少しだけ。

嫉妬と、独占欲が滲んでいる。

“男”の顔だった。


ユキノは、目を逸らせない。

逃げ場がない。

「あ、その……」

言葉を探す。


だが。

最後まで言い切る前に――

エディルの唇が重なる。


「……っ」

一瞬。

思考が止まる。


「ちょっと……」

離れたかと思えば。

すぐに、もう一度。

今度は、逃がさないように。


深く。

そして。

そのまま、抱き寄せる。

強く。

離さないように。




「……本当に勝手」

ユキノは小さく呟く。

呆れたように。

それでも。

どこか、拒んでいない声。


「……何でもいいだろ」

エディルは抱きしめたまま、少し拗ねたように返す。

腕に力がこもる。

離す気はない。


(……ほんと)

ユキノは心の中でため息をつく。

(まじで子供だな、この人)

再び呆れる。


けれど。

そのまま。

そっと腕を伸ばす。

エディルの背中へ。

抱き返す。


少しだけ、力を込めて。

言葉は、もういらなかった。


焚き火の音だけが、静かに響く。

二人の距離は、そのまま。

離れることなく。

ただ、余韻の中で。

同じ時間を過ごしていた。

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