守りたいだけなのに
「それ、魔法だって!」
「やっと使えるようになったんだな!」
アルザックが、無邪気に笑う。
(これが……魔法)
ドレイクは自分の拳を見る。
少し前の記憶が、よぎる。
転生して間もない頃。
アルザックに聞かれた。
――魔法、使えるの?
この世界には魔法がある。
そう言われた。
だが。
当時のドレイクは信じていなかった。
ファンタジー。
そんなもの、あるわけがない。
そう思っていた。
アルザックは、笑いながら手を出して見せる。
「ほら、こんな感じ!」
手のひらから、水が溢れる。
当たり前のように。
だが――
ドレイクには何も起きなかった。
何も出ない。
何も感じない。
その時。
別に困らなかった。
(魔法なんかなくても)
(腕があればいい)
それで十分だった。
だから。
気にもしなかった。
「……そうか」
小さく呟く。
思い出を振り払うように。
だが、その瞬間。
バンッ!!
食堂のドアが、乱暴に開く。
「なんだ、この騒ぎは!!」
別の職員達が入ってくる。
視線がすぐに向く。
床に倒れている男。
そして、子供たち。
顔が歪む。
「……お前らァ!!」
怒号。
近くにいた幼い子供に手を伸ばす。
振り上げる。
(ふざけんな)
思考より先に。
身体が動く。
風が、足に纏う。
視界が一瞬で詰まる。
そして――
拳。
――ドンッ!!
叩き込む。
職員の身体が吹き飛ぶ。
床に転がる。
動かない。
静まり返る食堂。
ドレイクは、そのまま立っていた。
息も乱さず。
ただ、見下ろす。
「……次」
低い声。
「誰がやる」
誰も動かない。
誰も声を出さない。
子供たちも。
職員も。
ただ、ドレイクを見る。
その目にあるのは。
恐怖。
そして――
少しの、期待。
それから。
同じことが、何度も繰り返された。
怒鳴る職員。
振るわれる暴力。
そして。
それを止める拳。
ドレイクの拳。
気づけば。
誰も、ドレイクに逆らわなくなっていた。
職員でさえも。
目を逸らす。
距離を取る。
命令しなくなる。
いつの間にか。
この場所で一番上に立っていたのは――
ドレイクだった。
いつしか。
孤児院の職員は、誰一人いなくなっていた。
孤児院としての機能は、完全に破綻する。
残ったのは――
ドレイク。
そして、子供たち。
この場所の頂点に立つのは、ドレイクだった。
だが。
その方が、平和だった。
怒鳴る声はない。
理不尽な暴力もない。
怯える必要もない。
怪しい仕事を押し付けられることもない。
子供だけの生活。
それでも。
皆で協力し、助け合いながら、日々を回していく。
笑う声も、少しずつ戻っていた。
――だが。
ここはウズベク地区。
治安は、最悪。
少し街を歩けば、事件に巻き込まれる。
大人のいない場所。
守る者のいない集団。
それを嗅ぎつけて――
ならず者が現れる。
当然のように。
何度も。
「ガキだけかよ」
「いい場所見つけたなぁ」
そんな声と共に。
踏み込んでくる。
だが。
その度に。
ドレイクが立つ。
前に。
「帰れ」
短く。
それだけ。
それでも通じないなら――
拳で分からせる。
骨を折り。
意識を刈り取り。
二度と来ないようにする。
それを、繰り返す。
何度も。
何度も。
やがて。
噂が広がる。
「あそこにはヤバいのがいる」
「近づくな」
それでも。
完全には消えない。
だから――
ドレイクは思う。
(もう誰も傷つけたくない)
拳を握る。
(こいつらを安心して暮らさせたい)
視線は、子供たちへ向く。
笑っている。
無邪気に。
(……守る)
そのためなら。
手段は、選ばない。
やがて。
ドレイクは、動き出す。
受け身ではなく。
攻める側へ。
ウズベク地区。
その中で。
暴れている連中を、一つずつ潰していく。
拠点を潰す。
力を見せつける。
従わない者は、叩き潰す。
そして――
いつしか。
この地区で、誰もが知るようになる。
「ドレイクに逆らうな」
その名が。
恐怖として、広がっていく。
こうして。
ドレイクは――
ウズベク地区を、制圧していった。
守りたい。
その一心で。
ドレイクの中に、魔法が芽生えた。
だが。
その力は、少し歪だった。
戦う時。
拳を振るう時。
守ると決めた時。
その瞬間だけ――
風は応える。
だが。
普段の生活では。
風は、一切動かない。
起こそうとしても。
何も起きない。
まるで。
“戦うためだけに与えられた力”だった。
それでも。
アルザックは笑った。
「いいじゃん」
気にした様子もなく。
「ドレイクが守ってくれるならさ」
肩を軽く叩く。
「他のことは、俺がやるよ」
その言葉は、軽かった。
だが。
ドレイクには――
やけに、重く響いた。
「……ああ」
短く返す。
それだけで、十分だった。
その代わりに。
ドレイクは感じていた。
守りたいと願うほど。
力が増していく。
感情に呼応するように。
魔力が膨れ上がる。
だが。
出来ることは一つ。
殴ること。
叩き潰すこと。
それだけ。
結局。
手段は、変わらない。
生前も。
暴力の中でしか生きられなかった。
転生してからも。
同じだった。
守るために。
壊す。
その繰り返し。
やがて。
ドレイクの中で。
価値観が、形を持ち始める。
(暴力は、正しい)
(力を持つ奴が、上に立つ)
(弱い奴は、守られる側か――)
少し間。
拳を握る。
(裁かれる側だ)
その考えは。
ゆっくりと。
だが確実に。
ドレイクの中に根を張っていった。
いつしか。
ウズベク地区の治安を守った功績者として。
ドレイクは、王都から招集される。
「……俺には向いてねえ」
小さく呟く。
「こういうの」
人前。
称賛。
どれも、性に合わない。
ましてや。
勇者一行。
「笑えねえな」
ドレイクは、ずっと日陰で生きてきた。
そんな男が。
王都へ呼ばれ。
他の功績者たちと並び。
治安を守る側へ。
規律を敷く側へ。
立たされる。
居心地が、悪かった。
だが。
王都で待っていたのは――
勇者一行。
レックスたち。
「よう」
軽い声。
まるで、昔から知っていたかのように。
歓迎される。
「……どうも」
ドレイクは、短く返す。
ぎこちなく。
だが。
共に行動する中で。
少しずつ、距離は縮まっていく。
力がある者同士。
言葉は少なくても、通じるものがあった。
――だが。
ある時。
その前提が、崩れる。
「え、お前らも転生者なの?」
何気ない一言。
だが。
その意味は、重かった。
異世界から来た者。
神に選ばれた存在。
そして。
その力の裏側。
犠牲。
多くの命。
踏み潰されてきた人間。
それを――
こいつらは。
何でもないことのように。
当然のように。
語る。
罪悪感など。
一切ない。
ドレイクは、静かに聞いていた。
何も言わない。
ただ。
見ていた。
(……なんだ)
胸の奥で、何かが動く。
(同じじゃねえか)
自分と。
(守るために、潰す)
(それの何が悪い)
拳を握る。
(……俺は間違ってねえ)
確信に変わる。
(力は必要だ)
(弱い奴は、守られるか――)
(踏み潰されるかだ)
その瞬間。
ドレイクの中で。
何かが、切り替わった。
守るための力。
だったはずのものが。
いつの間にか――
支配するための力へと変わる。
そして。
タルタロス。
「ここで全部、管理する」
低く言い放つ。
治安維持。
その名目で。
孤児院を潰し。
新たに設立された収容施設。
罪人を収容し。
管理し。
統制する。
その功績は、王都で讃えられた。
「さすがだな」
「治安が安定してる」
称賛。
評価。
だが。
その裏では。
暴力による支配。
従わない者は潰す。
罪の有無など関係ない。
逆らうかどうか。
それだけ。
「弱え奴が悪い」
吐き捨てるように。
ドレイクは言う。
その目に。
迷いはなかった。
守るために始まった力は。
いつしか――
“支配”へと変わっていた。




